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やまんば

Author:やまんば
血液型    A型
星座     ふたご座
好きな食べ物 そば、こんにゃく、
        くコ:彡、C:。ミ、グミ
*娘に勧められて始めたブログ
なんのことやら分らんままに…。
二人三脚でとにかくやってみよう。

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やかん
最近、毎朝のこと、湯をやかんいっぱい沸かさにゃぁならんので、10年近くしまいこんどった、やかんを出した。

一昔前、笛吹きケトルたら云うのが流行った。

湯が沸騰したら、ぴーぴーと鳴り出すんじゃが、その「ぴーぴイーツ」の音のけたたましいのにゃ、ホトホト閉口したもんじゃった。

2、3軒先の家々どころか、4、5軒先まで鳴り渡る代物じゃった。

いつの間にかそれらのケトルは廃品になったものか、その音を聞くこともなけらにゃ、姿もとんと見かけん。

わたしもそのケトルにつくづく愛想つかして、ごみに出してしもうた。

丁度その頃、鶏をかたどった笛吹きケトルを見つけた。

やや値が張ると思うたが、えらい気に入ったんで買うた。


わたしはてっきり

「コォケコォ~!」

と鳴るんじゃと思い込んどった。
(鶏の鳴き声も好きなら、姿も好きなやまんばじゃった。)


帰宅すると早速、湯を沸かしてみた。

沸騰するのを、今か今かとわくわくして待った。

湯気がのぼり始めて、いよいよ鳴りだした。


「ぅう~ ぅう~ ぼぅぉお~ ぼぅぉお~・・・」


なんじゃこりゃ?

低いかすれたような鳴き声いや音!
わたしゃ、どひょうしもない失望、落胆、だんだん腹が立ってきた。

家の者にも友達にも、わたしの思い込みをさんざ嗤われて・・・。


それが今、重宝しとる。ありがとさん。

にわとりケトル
お気に入りの にわとりケトル


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ブログ | 22:35:02 | Trackback(0) | Comments(2)
柚子あれこれ
柚子あれこれ


昔のことを云うたら、年寄りの証拠ぢゃげなが、そりゃぁそうよ、年寄りでなけらにゃ昔のこたぁわからん。

わたしゃ何でも彼んでも昔がえかった、今はつまらんと云うとりゃせんのよ。

只、昔の思い出を懐かしんで話すんぢゃが、若い人たちゃ煩わしげじゃ。

若い人たちゃ忙しいし、話す側がおんなじことを、何べんも話したりするけえぢゃろ。

それに聞くほうは一ぺん聞いたら忘れんし、話すほうは忘れとる。


こりゃ逆ならえかろうに、ままならんもんぢゃ。
 

七、八年前「獅子柚子」云う珍しい苗を植えたら、赤ん坊の頭ぐらいの大きな実が生った。

わたしゃ、喜んで貰えるのが嬉しうて、二つ仏前にお供えしたら、あとは人にあげよった。


去年の夏、木の丈二メートルぐらいで、青い実が十二、三個もついとった。


いかにも重たげで、枝がしなうて折れぁせんかと心配じゃった。


去年は再々、台風が来よった。

支えはしとったんじゃが、例年にない酷い台風ぢゃったけえ、その支えじゃ間拍子に合わなんだものよ、根元からきれいさっぱり折れてしもうた。

「やれまぁ惜しや惜しや、酷いことよのう」
わたしゃ、えっとブツブツこぼしこぼし、娘に手をかして貰うて起こしてから、
あれこれ手当してみたんぢゃが、秋になると、とうとう枯れてしもうた。

そいでも、諦めきれんで、新芽がでやぁせんかと儚い期待で、
ちょくちょく再々根元を覗いた。

冬が来た。やがて春も来た。・・・が、何の音沙汰も無うて夏が来た。


やっぱり枯れたんじゃ!!

まだまだ若い木じゃったのに、何んとイトウシイ・・・・。

えっと楽しませて呉れてありがとうよ。


また植えよう思うても、あの苗はとんと見かけん。


そいでまあ、獅子柚子は一巻のおわり。


 昔わたしが子供のころぢゃった。


田舎のあばら家の周りは、庭と畠が混在しとって、今考えるとなかなか便利に、何もかもぐちゃぐちゃ植えてあった。

そこに鶏を放しとった。

鶏はその中の虫を食べるけぇ野菜の虫除けになった。ついでに菜っ葉も食べよったが、・・・。


納屋の前の畠の下は小川が流れて、洗濯の濯ぎをしたり野菜などを洗うとった。
茶碗もなべも、釜も洗いよった。

川から畠までの斜面は野面で、夏から秋にかけて、萱のあいだに雑草がびっしり茂る。


そこへ、上の畠から大きな柚子の木が枝をいっぱいに繁らせて、
よろめくように被さっとった。

なんせ大きな木ぢゃった。

すぐ近くが竹薮ぢゃったけえ、いつの台風にも守られて、秋にゃぁ仰山な香り高い黄色い実が生って、近所の衆や、通りがかりの人に、喜ばれとった。
(おばぁさんは、人に物をあげるんが趣味?のような人じゃった)

  
 あの頃は果物いうたら柿にイチジク、山でブルーベリーに似たようなもの、桑の実、それにアケビでも見つけたら千載一遇もんぢゃった。


その頃、だんだん戦況が厳しくなりよったのに、子供のわたしらは何にも知らず、「♪紀元は二千六百年、ああ一億のう胸は鳴るう♪」などと大声で歌うて遊び呆けとった。

帰宅するとすぐに、

「♪ああ一億のう腹は減るう♪」と歌う。

するとおばぁさんは
「なぁんにもありゃせん、柚子なと食いない(食べんさい)」

と云うて、濡れ縁に腰かけて厚い柚子の皮を、節くれだった手でグイグイむいでじゃった。

それから
「柚子はのう重宝なものぢゃ、皮も喰えるし、中身はええ酢ぢゃし、焼きなば(焼きマツタケ)にかけて喰うつらぁ、(食べたら)美味いのなんの、まっこと極楽よ」
と云うてじゃった。

そして紺碧の空を見上げて

「こんど雨が降っつらぁ、なばとりに行こうで」
と、

山は遠い!。しんどい!

足が痛うなるけぇ嫌ぢゃった。

おばあさんは、わたしの気持ちなんどお構いなし、さも嬉しげに柚子を手にとっちゃぁ
、    
「んまあええ香りぢゃのう」とバリバリ、ばりばり、柚子の皮を食べてぢゃった。


皮ぁ、苦ぁし、中身ぁやたら酢いい、わたしは好かんけえ、ちいびっと食べよった。


「ありゃ!、わりゃぁ喰わんのかえ? こがいにええもん喰わんのか、せえだして喰うてみい! 身が軽うなるんで! あん? 喰わんか、バカタレ!ほいぢゃけえわりゃ、なにゅうさしても、ほうとぬるいのよ(何をさしても遅い)」

と歯噛みせんばかりに云い云い、入れ歯ぢゃのに、またバリバリ食べてじゃった。

後々思うに、まったく好奇心の強い、行動的な人ぢゃった!・・・。

「ほうとぬるい、ほうとぬるい」と云れながら長じた私は、
残念乍ら今にほうとぬるい。

加齢とともに、こりゃぁ度を増すばっかりで、どうにもならん。

それにしても、あの頃ビタミンcなんどは解らんでも、経験や云い伝えでの知恵ぢゃったかと、感心することしきりのこの頃。

ほいでも柚子はなかなか私の口には入らん。
   
 そこに有っても、ついついほかの物に手が出てしまう。
我ながら、つまらんことじゃ。

 柚子はそういうわけで好みぢゃぁないのに、なんでかその柚子の種を植えた。

かなり大きうなって、(1メートルぐらいだった頃)実父に

「おばあさんの柚子が、芽が出て大きうなったよ」と言うたら、

「柚子う植えたんか、あんたぁ相変わらず婆よのう。(おばあさんが好き)何ぼ婆の柚子でも生りゃあせんよう。柚子の馬鹿たれ20年云うてのう、植えたもん(者)が死なにゃあ生らんげなけえの」
と情けないことをのたもうた。

 あれから20数年、わたしの植えた木はやたら大きうなって、たわわに実をつけよる。

  しかし妙なことに、柚子にゃ似ても似つかん大きな実ぢゃった。
(人の話じゃその柚子は、八朔の木かなんかの接木だったのが、種を植えたので、先祖返りしたんじゃろと云うことじゃった)

八朔のような味がするけえ、八朔もどきと私は云うとる。

柚子ぢゃなかったけえ、わたしはピンピンで生きとるんかも知れん?
(昔は人生五十年いうたけぇ、植えた者は死んで当たり前じゃったかも?)

大きな実が、仰山なこと生るけえ、毎年ママレードをいっぱい作らにゃならん。

 昨年がおばあさんの50年忌、父が逝って13年、あのおばぁさんの柚子の木も枯れて10年余、もぐときに、川に落ちんように受け止めてくれた、萱の生い茂った野面はきれいな石垣に変った。

小川は今も流れよるが、洗い物の役目は無うなった。その所為かどうか知らんが、カワニナも川海老も川蟹もおらん。

 子供も遊ばん。風情のないことじゃ・・・。

今日もわが家の、食卓の端に柚子が二、三個、萎びかけて所在なげに、転げとる。

ブログ | 07:40:14 | Trackback(0) | Comments(2)
こうよう
ことしゃぁえらいこと山の色ずきが遅い。
昨日今日の色合いが、ほンちょんびり緑色が薄うなったようじゃ。

そいでも、馬鹿にゃできん、一夜にしてぱっと変わるかも知れん。
山にゃ山の事情があるんじゃろうけぇ。

山の紅葉が遅れた云うて、わたしゃなぁんも困るこたぁありゃぁせんが、

「ものごとにゃ、なんごとも「時」いうもんが、ありまんけぇの」

わたしが子供の頃の、おばぁさんたちの会話を思い出す。


「、そうそ、そうでがんすよ、ことしゃ、ちと遅いようじゃが・・・」

「まぁなんぼうなんでも、あしたあたりにゃ、はぁ、蒔かにゃいけめんでよ」

「ほうじゃの、どうでも蒔くことにしまひょうのう」

あの頃は二毛作いうて、米と麦を作りよった。
そいで山の紅葉の具合を見て、麦蒔きしよったらしい。

何もかも人の手と、とろい牛との農作業はしんどいし、はかどらん。

おまけに秋の日は短い、日が西に傾き始めると、つるべ落としに日は暮れる。

大人は気が急いてイライラ、こまい子供は腹が減ったのと、物寂しさでグズグズぐずる。

その頃、付けっぱなしの電灯に電気が入り、ぼうーと灯りがともる。
と同時にこれも付けっぱなしのラジオが鳴り出す。

「前線へ送る夕べ」たら云うて「ハイケンスのセレナーデ」が流れよった。
(その頃、(就学前後)その音楽が「ハイケンスのセレナーデ」たぁ知らんかった)


麦蒔きが終わるまでは、朝は夜明けとともに、夕は手元が見えんようになるまで頑張る。
月夜の晩は、その明かりでまたまた頑張らにゃぁならん。

わたしゃ子供でも大柄じゃったけぇ、あれこれ手伝いを云い付けられて、しんどかった。

あの頃、山々の紅葉はそんな事情で、あんまり好きじゃぁなかった。

長じて、農作業に追われる事ものうなって暫らく経つ頃から、紅葉が美しいと思えるようになった。

あの頃の山々も、いつの間にか様変わりしとる。



開けっぱなしの、藁屋根のしずがやから、夕闇迫る田んぼに、幽かに流れきた美しい曲、
「ハイケンスのセレナーデ」!


想い出は、はるか彼方に、今も鮮やかに、美しく懐かしい。だのに・・・。


「前線に送る夕べ」が、あの悲惨な敗戦への助走だったとは・・・。


拙宅の庭の木木、それぞれ思い思いに紅、黄葉はじめている。
この平和、感謝!!!。

落葉したら、幹や枝が鮮やかな色で、ひときわ人目を引く、見事な珊瑚ミズキに黄金ミズキ!

不思議といやぁ不思議、当たり前といやぁ当たり前のことじゃが、
赤い木にゃ紅葉、黄色の木にゃ黄葉で改めて感激の至り・・・。


黄金ミズキ
黄金ミズキ
珊瑚ミズキ
珊瑚ミズキ


ブログ | 21:45:39 | Trackback(0) | Comments(2)
枯れた木
そうそう、思い出したでよ。あの悪虫のてっぽう虫にやられて、とうとう
枯れてしもうたオリーブの木・・・。

ありゃあ二年越暑い夏が続いた時じゃった。あみゃあ(雨)降らんし、気温は高い。

畠のもなぁ枯れかけて、実に成らんうちにヤケドしたようになって、私らの口には入らん。
只、苦瓜(ゴ-ヤ)だけが元気じゃった。

自慢のオリーブの木、春にゃあ、花ぁ見事に咲いたんじゃが、晩夏の頃になるとどうも葉の色目が冴えん。そのうち実もいつの間に落ちたか、よいよ、ちいとほかにゃ留まらなんだ。(少ししか生らない。)

通りかがりの知人が足を止めて(物知りぶったオッサン)

「ありゃ、色目がよう無ぁの、あんまり暑かったけぇオリーブもこしたれとるんじゃろ、それに雨が降らざったけぇ、酷うこそしんどかったもんよの」

「そうそう酷う暑かったけぇね」

「まぁ来年になりゃぁ春にゃ新芽が出まんよ」

「ほうじゃね」

「ほいじゃが肥料をちいとえっと、(小し余分に)やりんさるがえかろうで」

「どういう肥料?」

「うんそうじゃの(庭に入ってアレコレ事細かに指示してくれる)まぁやっみんさい、ええがいになるよのう、なんならわしが、てごうしたげまんで(手伝ってあげるよ)」
                                                                    
「えツ?いえいえツ、てごは要らんけぇハイ」

それからいろいろ木の手当てをしたんじゃが、根元のすぐ上の幹の皮が剥がれよるのに気付いた時は、遅かりしじゃった。とうとう枯れてしもうた。

暑さで弱っとるとこえ、てっぽう虫じゃ堪らん。弱り目に祟目・・・。

わたしら人間も、弱気でおったら、いろんな悪に魅入られる。

何事も強気で、楽天主義でとは思うもののなかなか難しい。

心して、日々油断せんように頑張らにゃ!!!


続きを読む >>
ブログ | 19:33:02 | Trackback(0) | Comments(1)
わるむし
拙宅の玄関は東向きじゃけぇ、晩春の頃から、午前中暑うて敵わん。

日よけのつもりで、ミモザアカシヤを植えたら、これがまたえらい樹勢がようて、いささか閉口しとる。

よそ様から
「はぁ、たかぁとこにゃあ、あがらんことで、自分じゃ確かな思うてもあがりんさんなよ」
と有り難いお言葉を頂戴しとるが、そうもしとられん。

やっつぱり脚立を出さにゃならん。

一足掛けたところで、えらい派手な虫に出会うた。長い触角をぷる
ぷるさして、えらっそうに(威張る)威嚇するようじゃ。

「あんたぁ、なに虫の,なんぞ悪りいことしたんじゃあるまいの」

きれいにゃあるが、如何にもわるさし(悪戯)げな感じ・・・。


すぐにカメラに収めたが、枝下ろしをせにゃならん。


後々重たい辞典で調べたら、やっぱり悪りいヤツじゃった。

しろすじかみきりむし、幼虫はてっぽうむし、!!


大きなオリーブの木を枯らしたんは、こいつじゃったんか。

いやこいつの先祖かも・・・。


もう七、八年もまえのことじゃけぇ


最近白樺の木から、おがくずのようなんが出よるが、こいつの仕事かもしれん。



また脚立のお世話にならにゃ・・・ヤレヤレ





シロスジカミキリ

シロスジカミキリ虫

テーマ:独り言 - ジャンル:ブログ

ブログ | 20:01:07 | Trackback(0) | Comments(1)
ねむのき 
もう何年になるかこうまい(小さい)鉢植えの合歓の木を地植えにした。

初めはなかなか大きゅうならん。

知人が見て「こがいなもん植えてどうするん、大きゅうなってどがいもならんよ(どうにもならない)」とシカメ面でケケケケッ!(`▽´)と笑うた。


それからみるみる大きゅうなって、見事な花で楽しませて呉れる。


夜は葉を閉じる。そいで眠るように見えて「ねむのき」云うんじゃろ。

ところが、秋が深うなると花はおしまいになり、葉だけになったら夜も昼も無うて開きっぱなし・・・。


人間も木もおんなじような・・・いとうしい。
来年もまたきれいな花を見せてぇのう。

20051103184240.jpg



テーマ:思ったこと、考えたこと - ジャンル:ブログ

エッセイ | 09:56:16 | Trackback(0) | Comments(0)
はな
「やまんばが書くのは、食べもののことばっかり・・・?」
そんなつもりじゃ無いが、云われてみりゃ否定は効かんようじゃ。
ほいじゃが困るよのう、その日暮らしのわたしゃ、無趣味が趣味で生きてきたけぇ、他に何にも知らんし出来んし・・・。

はぁさすが晩秋じゃ、今日は薄ら寒いし、弱い日差しが時々ちょんぼり・・・。
何やら気分が滅入る。

庭の落ち葉がちいと溜まっとるようなけぇ、熊で片手にうろうろして見る。

夏から咲きよるサルビヤが、えらい背丈が伸びて益々元気じゃ。色も冴えて鮮やかなことこの上ない。

若い頃は、花の期間がやたら長いなぁ好かんじゃった。
おんなじ花が厚かましげな感じで、飽きがくる云いよった。

それがどうじゃろ、今は長うに咲く花に愛着しとる。百日草の種がご近所から風に乗って来たらしい。これがまたよう咲きよる。この花なんぞ、若い頃なら引き抜いたじゃろうに。

    花の命はみじかくて、苦しきことのみ多かりき。
放浪記の作者、林芙美子は詠うた。

    花の命はみじかくも、苦楽ともども愉しかり。
                        やまんば


サルビア

庭のサルビア

ブログ | 17:09:04 | Trackback(0) | Comments(0)

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