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やまんば

Author:やまんば
血液型    A型
星座     ふたご座
好きな食べ物 そば、こんにゃく、
        くコ:彡、C:。ミ、グミ
*娘に勧められて始めたブログ
なんのことやら分らんままに…。
二人三脚でとにかくやってみよう。

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わんこのはか
昨近のペットブームじゃ、着せ替え人形のような犬を、ちょくちょくお見受けする。
死んだら墓まで、なかなかご立派なのを建てておられる。


ご近所よりぁ、ちょっと遠いい友人の、愛犬の墓に散歩がてらに、お参りした。
彼はうちの3代のわんこと知り合うほど、長命じゃった。


拙宅じゃぁここに住んで3頭目じゃが、2頭目のポインターのもんちゃん
えらい毛が薄うて、冬の寒い日に、外に出しゃぁ、ブルブル震うて可哀想じゃった。


来たときゃ1才になったばかりの成犬じゃったが、ガリガリに痩せて、尻尾も振らず、お手もせん、無表情な女の子じゃった。
毛並みは艶も無うてグレーじゃった。


夏じゃったけぇ、暫らく外で飼うて慣れた頃シャンプーしたら、真白な毛がキラキラと輝いて、優雅な容姿に変身したのにゃ、たまげたでよ。


それから、彼女は娘の1人用のソファーをいつともなしに占領してしまい、長い足を交差させて優雅に構えて、貴婦人気取りじゃった。
(そのはづよ、彼女は医者通いの金喰い虫じゃったけぇ。)



冬になった。



ペットショップにゃ、もんに合う服が無かった。
あるのは小さいのばっかりで…

仕方ないけぇ、縫い物は大の苦手じゃが、もんちゃん可愛さに縫うて着せた。
不細工な仕上げじゃった。


着せたわたしが苦笑しつつ、散歩に連れ出したんじゃがが、もんは嬉しげに文句も言わず、わたしにじゃれついて可愛かった。


友達がきて、それを見てクスクス嗤うた。


「どしたんこの服?あんたが縫うたん?」


「ほうよ、可笑しかろうがね」

ウッフフフ ウッフフフ…
ワッハハハ ワッハハハ…

青い冬空の柔らかな陽ざしの下で2人して大笑いした。


もんちゃんの服

もんちゃんの服



それから間なしに、友達はもんの為に、可愛らしい服を縫うて来てくれた。

・・・・・・・・・・・・・・


もんは短命だった。



私の悲しみにもまして、娘の嘆き悲しみようは、底なしじゃった。



日頃、敬愛するNさんが来てくれた。


「もんちゃんはね、早く人間に生まれる為に、死んだんよ、必ず人間に生まれてくるよ、いつまでも犬の生涯じゃなしにね、早う人間に生まれてくるんよ。」
と云うて呉れた。


「そうじゃ、そうなんじゃ。」



常日頃わたしたちゃ、もんにも、べんにも頭を撫でながら、

「今度生まれるときゃ、人間に生まれてきんさいよ。」と云うてきた。



わたしの懐の具合もあって(あの頃は高価じゃった。)
もんちゃんのも、べん君のも犬の墓はする気になれんかった。
それにわたしらが居らんようになって、後々の人達が困惑するんじゃなかろうかと…。


やっぱりこれでえかったんじゃ、彼らの墓はわたしらの心にある…。


雪の中を走るもんちゃん

雪の中を走るもんちゃん




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エッセイ | 12:13:01 | Trackback(0) | Comments(4)
いなげなべんきょう…2
町内会の配布物を七班に、配ってきた。

ついでに愛犬パルの散歩もかねて歩いたが、散歩なら気楽じゃが、配布は義務感もあって、距離もチト長うてくたびれた。


例年の2月の川掃除の件じゃった。

これも年々、ここ3,4年前から、参加に気が重たい。


・・・やれ嫌じゃのう、しとうなぁが・・・


ここ近年かなり膝が傷んできたけぇ、

・・・はぁこらえて貰いたいでよ・・・


炬燵にもぐりこんで、鬱々しようったら、またもや電話の昼下がりじゃ。


「ありゃおったん?!」の声に始まったんは、先日の彼女A子さん。



「今ね、オジサンが出ておらんけぇ掛けたんよ、こないだぁごめんよ。」



やまんば
「??おじさんの面倒みたげよるん?」



A子さん
「ほうよ、これがうるさいんじゃけ、おなごはようしゃべくる云うて。」



やまんば
「なんでおじさんが、そうまで云うてん?どっちのおじさん?母方の?」



A子さん
「いんねのう、ウチの人よ、まぁうるさい云うたらの、ああたらこうたらいちいち云うてんよ、ウチの人じゃ思うたら腹が立ってやれんけぇオジサン云うんよ。」



一度お目に掛かったが、優しげな人じゃと思うたが・・・・
まぁどうでもええ、余所の事じゃ。



やまんば
「ほいでA子さん、なんぞええことでもあるん?」



A子さん
「なぁにが、あるわきゃ無かろうよ、ただ、こないだの続きようね。」



やまんば
「はぁ?いなげなべんきょうのこと?」



A子さん
「ほうよそれよ、思い出したんじゃが、農業云うのがあっつろう、
ありゃぁうちら生徒がええてに、使われただけじゃったんよ。」



やまんば
「そうそ農業のこたぁ、うちらのほうが子供でもよう知っとったけぇ、あれこれ野菜作ったよね、ありゃぁはどうなったもんやら・・・。」



Aさん
「それそれ・・・うさぎ飼うたり鶏飼うたりね」



やまんば
「おまけにあの頃ぁ肥やしはもっぱら下肥え(人糞)じゃったろう」



A子さんさん
「ほうよほうよ、ほうじゃったいね、背の高いもんが2人で肥たご(桶)担いで。」



やまんば
「うちゃぁ、いつも肥えたん担ぎばっかりじゃったんよ、相棒があの泣き虫のYさんよ、内股でチョコチョコ歩くけぇ歩調が合わんでポッチャンポッチャンはねるんよ、それが体に飛び散るんよ、ほいでYさんが泣き出して、天秤棒を投げ出したんじゃが、ほいたら肥たごがひっくり返って、うちの足にバシャーよ、それじゃにせんせがうちばっかり怒るんじゃが、腹が立ってやれんかったよ。」



A子さん
「今考えたらメチャクチャ馬鹿げとるねえ、全くいなげなべんきょうじゃった、ほんまにこの平和に感謝せんといけんねえ・・・ありゃ、はぁおじさんが帰った、ごめんよ。」



ぷっつん、ぷ~、ぷ~…。   電話が切れた。



ほうよ何もかも価値観が変って、何がほんまやら解らんままに、いなげなべんきょうしただけで大人になったわたしらじゃった。



・・・・一生懸命生きてきた。馬鹿正直に・・・・


おばぁさんはいっつも、いっつも、煩いほど云うてじゃった。
「正直にせぇよ、正直にのぉ、正直者のこうべに神宿るいうてのぉ」

ほいじゃが、神さんもいろいろで、わたしのこうべに宿る神さんは、うすら貧乏の神さんじゃった。(うすら馬鹿に、うすら貧乏の取り合わせ・・・)

それにしても、テレビのニュースを賑やかす、恥さらしな悪りぃヒト等に、
ちぃたぁ正直を教えてやりんさりゃえかったに・・・

三つ子の魂百まで云う事もあろうに。(これで、うるさいばばじゃと嫌れる)

こがいなつまらんげな事ばっかり思い出したら、ひどうこそ気分が滅入る。

今夜はまた、「ミュージックオブハート」云うんがあったけぇ みたんぢゃ。
はぁ何べん見たかいの、3べんか4へん?あの女優さんが好きじゃし、
実話じゃげなけぇよけい惹かれる。

まぁ、たいがいの人は知っとってじゃろうが、
ぷか ぷか ぷ がブログに書いとるけぇ見てやってつかぁさい。





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エッセイ | 22:10:21 | Trackback(0) | Comments(2)
こんにゃく ―本物をみる―
戦後世の中も落ち着いて、植物図鑑だの動物図鑑だのが、わたしらの眼にも届くようになった。


お陰でこんにゃくも、図鑑の写真で見ることができた。


じぃーと、暫らく眺めた。


やっぱりほんものが見たいもんじゃ。



じゃが、なかなかその機会はなかった…。



その念もやや薄れかけた頃、クラスメートのGさん宅に立ち寄ったら



あったあーッ!!



広い庭の片隅にひっそりと・・・・



まさしく図鑑で見たとおりじゃった。



わたし
「まあGさん、こりゃぁ、こんにゃくぢゃろうがね。」


Gさん
「ほうよ。こんにゃくよ。」


わたし
「初めて見たでよ、珍しいねえ、観賞用に植えとるん?」


Gさん
「なあにが観賞用ぢゃろうに、こんにゃくぅ、こさえて(作って)食べるんよね。」


わたし
「ほうねえ、こんにゃく玉ぁ掘って?自分で作るん?なんぼうかお美味しかろォ。」


Gさんさも得意げにちょっと口をとんがらして
「そりゃあ、買うたんよりゃぁ全然ちがうんよ。」


彼女は胸をそらして、にこにこ


わたし
「ほいでも、作るんはおおごとぢゃろぅに、ようしてじゃ、はつめいな(利発)ことよねえ、いつ頃からやりよるん?」


Gさん
「いつから云うて、子供んとっからよ、親の手伝いしようたけえ。」


わたし
「それにしても聞いたことないねえ。」


Gさん
「こんにゃくはの、綺麗な所ぢゃなけらにゃ出来んのんと!人けの多いのも嫌うんぢゃげなよ、昔からそう云うけぇ、人に見せんのよ。」


なあるほど、なるほど、・・・そう云う訳じゃったんか!!


大昔のUちゃんとの、こんにゃく問答が思い出される。

 
空気が汚れたの、温暖化ぢゃの云うて久しいが、また過疎地問題もある。

そのぶん、こんにゃくの生産地は、まだまだあるぢゃろうに・・・人手の問題じゃろ。

こんにゃく玉もやっぱり中国産が多いらしい。

ほいでも最近は本物志向で、こんにゃくも値段次第で美味しいのがある。

今日のTさんのお土産こんにゃくは、勿論、地物の上等ものじゃ。


さて喰いしんぼうのやまんば、何にして食べよう、あのぷるんぷるんとした舌触り・・・たまらんでよ~

本当に有り難うさんでがんす。




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エッセイ | 06:52:18 | Trackback(0) | Comments(3)
こんにゃく ―幻の蒟蒻―
外出して戻ると、ドアのノブにビニール袋がさがっとる。


―留守に誰か来ちゃッたんじゃ、誰じゃろ?―


袋を覗くとまぁるい蒟蒻があった。


メモがあって、

山奥の温泉に行って来ました。やまんばさんの好物、召しあがってください。
                                            Tより



じゃと、・・・やれ嬉しや・・・

早速お礼の電話入れると、

「やまんばさんは、こんにゃくが好きじゃけぇ、気が楽よ、食べてぇね」と・・・


何にしょうかと考えんでもええそうな。


今頃はこんにゃくがどんな作物かは、テレビなんかで見せたりするけぇ、知っとってじゃろうが、わたしらの子供の頃は、大人でも知らんじゃった。


あの頃わたしの村は、ほとんど百姓や(農家)ぢゃったけえ、子供でもたいがいの作物のことは知っとった。

ほいぢゃが、こんにゃくのことは、さっぱり解らん。
おばあさんに聞いても要領を得ん。



おばあぁさん
「こんにやくはのう、こんにゃく玉から作るんぢゃげな。」


わたし
「ほんなら、こんにゃく玉はどがいにして作るん?」


おばぁさん
「・・・さあらのう??・・・・・エエイッ!ほんにわりゃぁ、ほうとぬるいに、(ほんとにあんたは、とろいのに)ねんだぁ堀りよのう、(理屈いいの知りたがりや)よいよ(もう)こんにゃくに聞いてみいっ!」と怒る。


わたしは何でも知りたがって、うるさい子供じゃったらしい。
おばぁさんも、知らんとは云いとう無かったんじゃろ・・・・。


「ねんだ堀り、ほうとぬるい」と云れ乍ら長じたが、
今もって変わらんとは情けない。

 こんにゃく玉はどがいな玉ぢゃろう?どがいにして作るんぢゃろう?
野菜ぢゃろうか?木ぢゃろうか?・・・・


いつもくたびれた脳みその隅に引っかかっとった。


「のう、こんにゃく玉のこと誰か知っとらん?」
いつもの遊び仲間に、おそるおそる聞いたら、即座に返事がとんできた。


「そりゃぁのう、牛の○○に、よう似とるんぢゃげなでぇ、見たけりゃなんぼうでも見りゃぁええ、うちのうしゃぁ(牛)おん(雄)じゃけぇ、ええのぅ下げとるでぇ~。」


わたしは返事に窮して、ポカンと立っとった。


すると彼らは「ひろうやんは、・・・・・」だんだん調子ずいて囃し立てる。


たいていの女の子なら、そこらで泣き出すんぢゃろうが、わたしは覚めとった。

おばあさんはそれを、「泣きもせん。ほんに可愛げのない子ぢゃ。」と云うて

「ちゅうにわりゃ丁稚ぢゃのう、おなごの子たぁ、さらに(ちっとも)遊ばん、おせに(大人)なっつらあ、どがいなことになるやら、思いやられるでよ」と嘆いてぢゃった。


遊び呆けて帰ると
暫らくしてUちゃんの声がした。

「あののう、わしゃぁこんにゃく玉の、ほんまのこと知っとるんで」
 

わたし
「ふぅん?ほいで?」


Uちゃん
「うちに植えたるんぢゃぁ。」


わたし
「えっ?嘘ぢゃろ、ほんまかい。」


Uちゃん
「嘘ぢゃあない、ほんまよう。」


わたし
「ほんなら見せてぇや。」


彼は困った顔で返事がない。


わたし
「やっぱり嘘ぢゃろ。」


Uちゃん
「ほんまよう、ほんまよう・・・・あののう、おかやんがの(母が)人に見せちゃいけん云うちゃったんぢゃ!」

わたし
「なしてや?」


わたしは、どうしても見たかった。


Uちゃん
「あののう、人に見せたら枯れるんと。」


わたし
「ふぅん、ほいで、あんたんがたの(お宅)どこに植えたるん?」


Uちゃん
「・・・・云われん、おかやんが云うちゃあいけん、云うちゃったんぢゃぁ。」


それからわたしの心の隅に、久しく幻のようなこんにゃくがあった。


―つづく―




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エッセイ | 07:51:57 | Trackback(0) | Comments(3)
いなげなべんきょう
正月はとうに去んだのに、遅ればせの年賀状が3日前まで来よった。
年賀状がパッタリ来んようになったら、電話がくる。


同級生のA子さんから
「ありゃ、おったん!?あんたよう出てじゃけぇ、居りゃぁすまいと思うたんじゃが、あれでもひょっとしたら、居るかも?思うてね。」


やまんば
「こう寒うちゃやれんよ、今日はまた大寒じゃげなよ。」


A子さん
「ほうね、そりゃそりゃ、忘れとった、ほいであんたぁ、まめにゃぁあったん?」


やまんば
「まぁどうやら、こうやらお陰で風邪ぐらいのもんよ、あんたどがいなん?」


A子さん
「うちも同じことよ、もっぱら炬燵のお守りよ、もともと横着もんじゃけぇね。」


と云いながら、ちょっぴり自慢げに、あそこへ行った、ここへ行ったと嬉しげな話しぶり・・・


「外国へ行ってもツアーじゃけぇ、困りゃぁせんけど言葉がわかりゃ、まだまだ面白かろうにね、うちらぁ勉強しとらんけ、なぁんも解らん、あん頃のがっこの勉強いうたらメチャクチャじゃったよねぇ。」
とA子さん


やまんば
「そうそう酷いもんじゃったねぇ、教科書は墨塗りばっかりでなんにも習わん、いなげな勉強じゃったよ。」


A子さん
「終戦になったら、今までドレミも敵国の言葉じゃ云うて、ハニホへト云わしといて、こんだぁ(今度)英語英語いうてからに。」


やまんば
「そうじゃった、それに英語の解るせんせも居らなんだし・・・」


A子さん
「あのYせんせよ、英語の担当じゃった、自転車はどういうか、解らん?フムトマールじゃよ(踏むと回る)云うてねぇ、覚えとる?」


やまんば
「覚えとるおぼえとる!靴はハクトチビル、ほいで誰やらが、下駄はどう云うんですか云うて質問したろう?」


A子さん
「知らんよ、覚えとらんが。」


やまんば
「ほうね、ほんでせんせ困って、誰か答えてみい云うちゃったんよ、
ほいたらハイッ云うんが居って、ナーイです、(無い)アメリカにゃ下駄はありません、云うて答えたんよ。」


A子さん
「ほうじゃったかいねぇ、そこまじゃぁ(そこまでは)覚えとらんが・・・
ありゃ誰か来たような、ええとこじゃったのに、ごめんよまた後で。」


ガチャ~ン



・・・・(ほんまに、いなげな勉強じゃった)・・・



60年前のタイムスリップ(おおこれも英語じゃ)に暫らくボンヤリのやまんばじゃった。


再びの電話、そろそろ夕餉の支度せんにゃならんのに、A子さんじゃろ、


「もしもしわたしゃ安佐南区のわたやですが。」


やまんば
「はいはい、わたや云うたら、うどんやさんよね?」



「いいえ、ふとんの綿の打ちかえで・・・」



やまんば
「綿の布団はないんよ」



「ほうですか、すんませんでした。」



いかにも心細げな弱よわしい男声じゃった。


さて、今夜はうどんにしょうかい・・・。




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エッセイ | 22:17:07 | Trackback(0) | Comments(2)
だいこん
昨年から寒波じゃ大雪じゃと云いよったら、野菜の値が高うなっとる。


拙宅の屋敷つづきに畠があるんじゃが・・・・


秋に種まきする頃ぁ暑いし、涼しうなった頃から始めると、
ちいとも大きゅうならんけぇ昨年は蒔かなんだ。


10年ちかく前、ひょんなことから友達になったTさんが、
「ねぇなんか手伝うことなぁい」と云う。


彼女はわたしより一回り近う若い。
べっぴんさんじゃし頭も切れる、字も上手い。
車の運転もうまけりゃ、地図もようみる。
おまけにかなり大胆なお人じゃ。


ほいじゃが、子供の頃から農には縁がなかったげなけぇ、畠のことはさっぱり解らん。
ほいでもご自分で種蒔きして、作物の生長を見たいそうな。


「ほんなら、チト遅いようじゃが大根なと蒔こうかね」
と云うことになった。


畠を打つ(堀起こす)なぁやねこいけぇ、わたしは小ぶりな耕運機を使う。


使い始めはなかなかエンジンがかからん。


カタカタカタカタッ…


突然軽快な音が辺りに響いてやれやれ・・・。


わたしゃ汗びっしょりの大奮闘!


肥料を撒いて溝をあげて畝を作る。それからああしてこうして・・・・

やっと種蒔き役の彼女の出番となった。


彼女なんと神妙に丁寧に蒔く様子がいじらしい。
うまいこと2日めに雨が降った。間もなしに、発芽した。


「芽が出たよ。」わたしが電話すると、すぐにやってきた。

「可愛いねぇ。」


晩秋の陽ざしのなかで彼女の笑顔がキラキラ・・・
わたしも嬉しい。


昨年の12月はやたら寒かった。大風邪もひいて、畠なんざ忘れかけた。


それがどうじゃろ、覗いてみりゃ、大きうなっとる。


そのうえ味のええこと、今までにないええ味じゃった。


彼女もたいそう喜んで人にもあげよる。

昔しゃぁ、大根なんざ不味いもんじゃと決まりじゃた。


おばぁさんたちゃぁ、不味いものに遭うと、

「んまぁ、うもうなぁちゅうたら、こがいなもん誰が喰うもんにの、
まぁるで、大根喰うようにあるよの。」

と姥さん連中で声高に、いいあってじゃった。

それが今じゃ、大根もえらいご出世じゃ。


また誰かが云うには

「大根はええよ、どんな食べかたでもあたらんけぇね、ほいで役者のつまらんのを、大根役者云うんじゃげなね」

「そうそう大根足いうんもあるよね」

やれやれ上げたり下げたり・・・・

いま野菜が高いたかい云う声に

あんににも、こんににも(あの人にもこの人にも)あげて、

喜んで貰えるのが嬉しい、やまんばでやんす。




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ブログ | 17:30:55 | Trackback(0) | Comments(2)
いし
この頃はたいていの道が、アスファルトで舗装されとる。
お陰で石ころに躓いて、つんのめったりよろけたり云うことがない。

齢重なりゃたいていの人が、足腰が弱る。
揚げとるつもりの足が、あがっとらん。 ドテッ!!ヽ(*゚ω。)ノ

僅かな段差凸凹にわけもなしに引っかかる。

そいで拙宅の庭にゃ小石がころげとらんように、気をつけて、
見つけたら、すぐに除ける。



何でもないような小石じゃが、手にとってよう見りゃ、
黒味がかったギザギザじゃったり
白っぽいまるこい石じゃったり・・・。

ギザギザの石は山から、まるこい石は川から来たんじゃろうか。
考古学なんざさらさら解らんが、この小石がこうしてわたしの手のひらに載るまでにゃ、
どんだけの歳月があったことか・・・。

命あるものは、生まれては死に、死んでは生まれると云れる。
わたしもどんだけの生死生死を繰り返して、今ここにいるんじゃろう。


輪廻転生!



今日は近頃にゃ珍しい暖かさ、陽だまりにぼんやりと立ち尽くして、
小石を見つめ乍ら、青空をゆく雲を飽きもせず眺める。

「やまんばさんこんにちは、ええお天気ですね」
庭の前は道路じゃけぇ、人の姿がちょくちょく見える。

「あッハイッええお天気でッ!」
我に返って、素っ頓狂な声で挨拶を返すやまんばじゃった。





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エッセイ | 05:37:57 | Trackback(0) | Comments(3)
でんわ
このところあんまり電話もかからんし、セールスの人も来ん。

静かでええ・・・。

2、3年前頃は激しかった。

そりゃうちだけじゃ無うて、たいていのうちがそうじゃった。

ある時、友達に電話すると、
似てもにつかん口調と、こわねの返事が返ってくる
わたしは名のっとるのに・・・


再度よびかける。
「もうしもし、Tさんじゃありませんか、やまんばですが・・・。」

Tさん
「ありゃ、あんたぁ元気じゃッたん。」

やまんば
「元気じゃッたんもなかろうに、あんたこそどうしたんね。」

Tさん
「ごめんごめん、またセールスか思うて、よその人になっとったんよ。」

やまんば
「よその人?」

Tさん
「ほうよ、奥さんですか云うけぇ、いいえ親類のもんです云うんよ。」
と云うのがあった。



わたしもガチャンと切るんは、どうも後味が悪りぃ。

そこで


「もしもしやまんばですが・・・」


相手はどこそこの、ナントカのらんじぇりーじゃと云う。


やまんば
「はぁ?らんじぇりー云うたら、下着のことですかいの?」

セールス
「はいブラジャーとか・・・。」

やまんば
「ぶらじゃー云うたら、乳バンドのことですかいの?」


セールス
「(・_・?)は・・・あっそうですそうです。」

やまんば
「すまんがの、折角云うてくれんさったんじゃが、わたしゃ80すぎの梅干婆じゃけぇ、乳バンドするような オッパイはありゃしまへんけぇ、ほかえ云うたげてつかぁさい」

受話器のむこうじゃ、くすくす笑い声が漏れよる。

セールス
「わかりました、お元気で。」


それから久しく電話はかからん。



それが今日かかってきた。


やまんば

「らんじぇりー云うたら下着のことですかいの」


「ガッチャン!」


向うのほうが勇ましく切ってしもうた。


同じ手は、2度は使えん、やれやれ。┐(´-`)┌




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ブログ | 19:04:33 | Trackback(0) | Comments(1)
たまご
毎日こう寒うちゃ買い物にも出にくい。

それを思うて、年末に玉子を余分に買うておいた。

玉子は好き好き云うほどじゃないが、いつでも適当に食べる。

これほど便利で栄養価のある、安価なものはそうそうありゃぁせん。

養鶏家の方々のご苦労を思う。

昨年は鶏インフルエンザで養鶏業の人達はおおごとじゃった。


わたしゃ料理がへたくそで、何をするにも面倒しい。
そいでもなにかせにゃならん。

玉子はぐちゃぐちゃ焼きがっ手っ取り早い。
フライパンにぐちゃっと落して、箸でまぜくるあれじゃが・・・。
スクランブルたら云うらしい。


しかしそればっかりじゃ・・・


わたしらの子供の頃は、玉子は-ゆでたまご-に決まりじゃった。
鶏がおっても、そういつもは食べられん。

たいていどこの家でも、
子供が大勢じゃったし、年寄りもおって大家族が当たり前じゃった。

そいで何かのときには、ゆでたまごをしよった。それもご馳走のうちじゃった。

くどに大鍋をかけて、-20個ぐらいは入っとったんじゃろ-
ぐらぐらぐらぐら茹でて、たいていうまいことできとった。

今思うに、おばぁさんたちゃ、たいしたもんじゃ、エライ!

わたしはガスで2,3個ばかり茹でるのに、軟らかすぎたり硬すぎたり・・・
ホント申し訳ないほど情けない。



ある時これを見つけた。




レンジでチンする玉子

レンジで作れるゆでたまご器



電子レンジでチン、うまいことできる。

はぁーっ やれありがたや、ありがたや。




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ブログ | 23:01:37 | Trackback(0) | Comments(0)
せいじんしき
新年になって、はや9日なんと今日は成人の日、車の窓から振袖姿の乙女が4,5人、不慣れな歩き振りで道行く姿がみえた。

平和な世じゃ、・・・・ずうぅと続きますように・・・・。

-この祝日はわたしらの時には無かった-


いんにゃ、あることはあったんじゃが・・・・。


そうそう、まだ終戦後10年もたたん頃じゃった。
ようやく、3度の飯が喰えるようになりつつある時代じゃった。


年齢もまだ満年齢より数え年をいいよった。

その頃、「糸偏、金偏」云うて、鉄工と繊維の工場が盛んで、ことに繊維工場じゃ14,5才の女の子から集めて、昼夜2交代でフル稼働じゃった。

県外からも来て、寮生活は大賑わいで、それなりに楽しかった。

仕事は楽じゃなかったが、家で大人ばかりの中でこき使われていた私は、さほど苦にならんかった。
そうして数え年のはたちを迎えたばかりの正月がすぎに、20才の者は成人式があるので、なんとかの小学校の校庭へ行くようにと、掲示板に張り紙が出たように記憶しとる。


なんのことかよう解らん。


毎日がくたくたの日々じゃったけぇ、わたしの友達は誰も行かなんだ。

わたしも・・・。


翌年は経験工として引き抜かれて、友達数人とかなり遠い県外の工場にいた。

そこで今度は、
「満年齢の20才の者はこれこれしかじかにいくように」と声がかかったように思う。


やっぱり毎日がへとへとの日々じゃったし、場所もわからん。


わたしらの成人式は奇妙なことに、2度あったわけじゃが・・・・


と云うわけで有ったような、無かったっような・・・・


やまんばの成人式でやんした。




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エッセイ | 18:34:54 | Trackback(0) | Comments(0)
とり4…大きゅうなった鶏
鶏は、昼間は外に出て、庭や畠や竹やぶまで駆けまわり、菜っ葉やら虫やら草も食べよった。なにしろ餌が足らんけぇ、自分で探さにゃひもじいんじゃろう。
彼らはみるまに大きゅうなった。


父はこれが狙いじゃった。

雌鶏じゃぁ玉子が生まれるまでに、日にちがかかるし、餌がない。

彼らは、雄鶏ばっかりで勇ましいのなんの、野良猫なんざ屁のかっぱじゃった。(犬は居らんかった。どこかで肉になりよったらしい

だんだん行動範囲が広うなって、隣へ行くようになった。

隣にゃ牛が居った。牛の餌桶に、麦の煮たのが混じっとった。

雄鶏は二、三羽で押しかけて、その麦をついばむ。牛がモーと啼こうが首を振ろうが、恐れるふうもない。牛の背中に乗る奴も居る。

あんまり厚かましいけえ、父の幼馴染のおっちゃんが、おらんでじゃった。

「ケンやんよい、おまえんがたの鶏が、うちの牛の餌を喰いよるけぇ、つぶしたら半分持ってこいよう!」

すると父は応酬する。

「おまえんがたの牛は馬鹿じゃのう、よう云うて聞かせやぁ、自分の餌はよう番しとれえ云うてのう、牛が鶏に負けてどうすりゃぁ!」


 その頃は田んぼは二毛作で麦を作りよった。穫り入れになると、鶏は落穂を拾うて、ますます大きゅうなったけえ、鍋に入ることになった。

父は満州に居ったとき、土地の人と仲良しして、豚のさばき方やら鶏の絞め方を、見てきたんじゃげな。父は衛生兵やら炊事軍曹やっとったんじゃと。(゜_゜)ゝ

そいで、鶏の捨てるとかぁ、羽と爪と嘴だけじゃ云うて、わたしに手伝わせて、あれこれ工夫して、ほんと捨てるとこなしに、家族の腹に、ぜーんぶ入れてしもうた。


こうして、ひと月に一羽づつ、わたしらの栄養不足を補うて、わたしらを生き延びさせて呉れた。


今も鶏の鳴き声をきくと、真白な美しい姿で、勇ましい雄叫びをしていた彼らを懐かしく想い出す。

明日も鶏の声を聴きにパル(犬)をつれて散歩に出よう。
酉年も終わってパルの年じゃ。

パルちゃん・・・炬燵のそばでいびきかきよる。

エッセイ | 10:15:41 | Trackback(0) | Comments(0)
とり3…おつかい
ノーパンクという自転車がきた。
チューブが無うて、中までタイヤじゃけ、穴ぼこ道を ガタンガタ、ゴトンゴト と、賑やかな音をたてて走った。

わたしはそれで、お使いにいった。

県病院に入院しとった叔父のために、米と野菜を運んだこともある。(自炊で、叔母がついとった)

米は統制じゃった。警察につかまりゃ取り上げられる。子供の方が目だたんと云うことでわたしが行くことになった。

中学二年じゃった。

「横川に出つらぁのう、とにかく電車道を行けぇよ、警察に引っかかっつらぁ、こらえてつかぁさい、云うて泣くんで

おばあさんは、何度もなんども、くどくどくどくど云うてじゃった。

荷台に荷物をくくりつけよった父が、煩さがって、
「はぁ、解かったよのぅ、はよう行きない。」と自転車を押し出した。

あの頃はT村といいよった。そこから県病院まではかなり遠い。(20キロぐらい)

横川まで出ると、バラック建ての闇市があって、田舎もんのわたしは珍しうて、覗いて見たかったが、叔父のとこへ行くのに気が急いた。

 一面焼け野原にポツンポツンと、バラック建ての住まいがあった。

視界が開けとるけえ県病院はすぐ分かった。無事届けて、またギーコンガタガタと伴奏つきの自転車をこいで帰った。



それからまた暫らくして、父の云いつけで10キロ余の先の町に、鶏の雛を買いに行くことになった。

雛は雛でも雄じゃった。雄は安いけぇ、鳩ぐらいの大きさのを十二、三羽、籠に入れて自転車の荷台に、くくりつけて帰った。

 帰りはゆるい上り坂じゃけえ、行きのようには走られん。そのくせ伴奏は、相変わらず賑やかじゃった。

おまけにガタンというたんびに、鶏がバタバタ、ココッ、ココと、けたたましい。なんせ数があるけえ・・・。


 花の中学生?が妙なものを積んで走りよる、とでも思うてか、道で会う人は怪訝な顔で振り返る。なんぼうわたしでも、恥かしい。

ようよう村の入り口まで走って、帰えりついてホッとした。

ゆっくり走りよると…。

「おりゃ、やまんばよい、後ろなぁ、なんなら、見せてみいの。」
同級生のO君じゃった。彼はいささかおしゃべりで、気のええお調子もんじゃ。(わたしも)

「見せられんッ!」わたしは大柄で、彼は小柄、大声出すと、たちまち態度が変わって、ニヤニヤ笑顔で迫ってくる。笑顔にゃ弱いのが人の常で・・・。


「のう、ちいと覗かせてえの」声まで優しい。よっぽど見たいんじゃろ。わたしは、被せてあった風呂敷を、ちいと剥ぐってみせた。


「やっぱりの、鶏じゃ思うた、こりゃ雌じゃなかろうがい。」


「うん」わたしは仕方なしに頷く。

「おんばっかりどうするんなら、玉子生まんのに、バッカじゃのう、ケッケケケケケッケェ~」
O君はさも可笑しげに笑い転げた。

見せえ、見せえ云うけぇ、見せたんじゃ、わたしは草臥れとって腹がたってきた。

「ヤカマシイわいッ!」わたしは一渇して、また自転車にまたがってこぎ出した。


後ろから、彼の声が さいならぁ~ と風に乗ってきた。

家じゃぁ父が、大きな鶏小屋をこさえて待っとった。


不細工じゃった。


「まぁケンや、もちいたぁ、てぇねぇにしつらぁ、どうかいの、ど拍子も無ぁことよのう」

おばぁさんは、父の大雑把な仕事が気に食わん。

「ええんじゃ、鶏が入るんじゃけ、これで上等!」

「ほいでも、人が見んさっつらぁ、ふうが悪りぃで。」

「なんぞ云やぁ、ふうが悪りぃ、ふうが悪りぃ、・・・人がなにゅうして呉れるんや、ボサーと、しとらんと、はよ鶏を入れぇっ。」

父は私に怒りをぶっつける。


学校へいくと、わたしと雄鶏のことが噂になっとった。

(やまんばは変わり者じゃ、ふうが悪りぃこた、ないんじゃろうかと・・・)

勝手に云やぁええ、内心穏やかじゃないが、平気な平左ヱ門になることにした。

しかし考えてみりゃ、やっぱり可笑しい。伴奏つきのノーパンクに、雄鶏ばっかりで・・・。


「やまんばは脳パンクなんじゃろう」と云いよるかも知れん。


エッセイ | 17:35:53 | Trackback(0) | Comments(0)
とり2・・・こいわし
これも小1の頃じゃった。
 寒い小雪がチラチラ舞うような日に、「ナマンショー!ナマンショー! なまんしょうは、要りめんかぁ。」しわがれたオッサンのの呼び声がする。

外に出てみると、頬被りのオッサンさんが、小イワシを天秤棒で担いで、百米ぐらいも先をヒョイ、ヒョイと行きよる。

「はよ駆けって行ってこいや」おばあさんは、竹かごに手の付いたものを私に持たせて、銭を握らすと、急かせてじゃった。

わたしは、走りにゃ自信がない。いや自信どころか運動会の徒競走は、四人組なら四番目、六人なら六番目つまりビリばっかりじゃった。それにようこける。そいでもおばあさんよりゃ、だいぶましじゃった。

「オッちゃんよう、待ってつかいやぁ、なまんしょうが要るんじゃけぇ!」
足じゃ負けても声にゃあ負けん。大声で何べんもおらぶと、天秤棒を下ろして待ってくれんさった。

「なんぼう要るんの?」おじさんは竿秤を出して、秤にかける。わたしはなんぼう要るんか解からん。息が切れてものも云えんし、・・・解からんし・・・

「うん?なんぼうの、銭うもっとろうがい、見せてみんさいの」

わたしは握った手を広げて銭を見せる。

「おりゃ、えっと持っとってじゃの、ほいじゃあ三百匁じゃの」

おじさんは、秤から竹かごへ移しながらニコニコ顔で、わたしの名を尋ねる。

「あんたあ、どう云うてんかいの?」

「アシタ」わたしは無愛想な子じゃった。今も・・・。

「お~お~アシタさんの!おばあさんにヨロシュウ云うて、つかぁさいや」

おじさんは、ニコニコ顔でわたしに会釈すると、また天秤棒をかついで、ナマンショーと大声張って行きんさった。

 わたしの竹かごはちいと重たうなった。

わたしも、なまんしょうを、えっと持っとるんでと思うたら、つい真似がしとうなった。

「ナマンショーナマンショーなまんしょうは、要りまへんかぁ・・・」

おばあさんは外に立って、わたしの帰りを待っとっちゃった。

「まあ、わりゃ、なにゅう、おらびよるんなら、ふうたれの悪りい、なんでもかんでも真似のしたいことよのう、よいよ、誰に似たんかいのう、ケンは(私の父)あがいにゃ無かったにのう・・・」


わたしは調子ずいて、ええ気分じゃったのに怒られて、おじさんからの、よろしゅうを忘れてしもうた。

「ほいで、重たげなが、なんぼうもろうてきたんかいの。」

おばあさんは竹かごを、覗くとまたまた大きな声で怒る。

「ありゃまあ、どう云うことかいのう、仰山なことをしてからに。」

「ほいでも、なんぼうか云わんじゃった。」

「云わいでも、人数云やあ、わかろうがい、こがいに仰山どうすりゃあ、喰われもせんのに。」

おばあさんは、自分が慌ててから云い忘れたのに、わたしを怒る。

「それそれ、そうじゃ、焼いとこうのぉ、七輪に火うおこせぇや。」

わたしはおばあさんの手伝いを、ようしたもんじゃった。

「ひろぅやん、ちとてごうせぇや」と声がかかるといつも用事がまっとった。


七輪に焼き網をのせて、小イワシを並べて焼くんは面倒くさいし、忙しい。
「餅はほいとに焼かせ、魚は殿さんに焼かせ」云うてもこの小イワシは、餅よりせわしい。不器用なわたしは、まっ黒けになったり、網の目から落したりで気がもめる。
またしても怒られてばっかりの、ひろぅやんじゃった。


 何ぼ焼いても焼いてもはかどらん。竹かごの中にゃ、まだまだあるけえどうしょうかい。
おばあさんは器用に小イワシの頭と、どぶと、骨を取ってじゃった。それを熱いご飯にのせて、醤油をちいとかけて食べるんが好きじゃった。


「んまぁ、美味いのぉ、鯛の味、鯛の味!」云うてご満悦じゃった。

わたしは竹かごを覗き、覗き考える。
「おお、そうじゃ鶏にやろう。」

わたしは一掴みほど鶏小屋へ持っていくと、餌ばこへ投げ込んだ。鶏は大喜びでコココー、コッケコーッ、ケーケケケと、けたたましい鳴声で、喧嘩まじりの、奪い合いを演じる。

わたしは彼女らが喜ぶのと、自分の仕事が減ったのとで、何か良いことをしたように、嬉しうて満足じゃった。


「小イワシが玉子になるんじゃけぇ」と自分で納得しとった。


ところが魔は天界に住むんじゃげな。


「馬鹿たれーっ!、なにゅうしよるんならっ!、ふんまに、まぁ、馬鹿ちゅても、馬鹿ちゅうても、ほんにわりゃあ、どもこもならん馬鹿じゃのぉ、ひろぅやんっ!」

おばあさんが小イワシのアラを鶏にやるために、そこへ現れたというわけじゃった.。


 わたしはそうして、怒られ、怒られ大きうなった。


あのころ
太平洋戦争が怪しうなると、鶏の餌も無うなって、いつの間にか居らんようになった。
(鍋に入ったり、よそへいったり・・・)

わたしらはいつも腹がへって、ひもじゅうてならん。糠を焙烙(ほうろく)で煎って、古新聞に包んで舐めたりした。

古新聞も貴重品で、町の(市内)の伯父が自転車で運んできた。その伯父もピカドンで死んで、家族とおばあさんを悲嘆にくれさせた。

どっこの家でも、あんにが死んだ、こんにも死んだの話ばっかり、葬式もできなんだ。


終戦になった。伯父や従姉妹や、親類のあれこれが原爆で死んだのに、召集されて満州から台湾にいっとった父は、マラリヤを患いながらも、復員してきた。翌年の二月だった。

叔父も肺を病んで、復員していた。

 大伯父は足を大火傷して、(半ズボンで膝から下)家も無うなって転がり込んで来た。

従兄弟のススムさんは、肺を病んで復員してきたが、秋の名月の頃、核血の血がのどに詰まって、たった一人で死んでしもうて、おばあさんを大いに怒らせ、悲しませた。


(ススムさんの家に、ピカドンで死んだ伯父の家族が疎開しとって、結核がうつる云うて隣村の隔離所にいれとった。)


「あがいなとこえ、入れぇでもえかろうに、酷いことをしてからにのう」


おばあさんは、憤懣やるかたないようすで、伯母を怒りつけてじゃった。

末息子を失うて、黙して一言もない伯母が気の毒じゃった。

おばあさんは、あんにも、いとうしい、こんにも、酷いと云うちゃぁ、訪ねて来る人来る人に、食べ物をわけてじゃったけえ、我が家はひどう困った。ほんと何をたべよったんじゃろ。

おばあさんの知恵袋で、わたしは、川や山で何でも採ってきた。

ことにクレソンは繁茂するけえ、大助かりじゃった。

そうこうするうちに、畠も田んぼもちいとづつようなってきた。



(平和はええのぅ、竹やり訓練もなし、防火訓練も無うなった。あんとな馬鹿げなことを本気でしよったんか、まるで夢のようじゃ)と畑仕事の一休みに、青い空をゆっくり流れる雲を、いつまでもいつまでもボンヤリ眺めよった。(私は、これが好きじゃぁ、今も)

エッセイ | 17:53:22 | Trackback(0) | Comments(0)

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