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やまんば

Author:やまんば
血液型    A型
星座     ふたご座
好きな食べ物 そば、こんにゃく、
        くコ:彡、C:。ミ、グミ
*娘に勧められて始めたブログ
なんのことやら分らんままに…。
二人三脚でとにかくやってみよう。

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いらんおせわのやきどうふ
はぁ、いかになんでも、戻っとってんじゃなかろうかと電話した。


もし戻っとっちゃっても、忙しい人じゃけぇ、多分に居っちゃなかろう。


そいでもお姉さんが居られるかもしれん思うて、ちいと改まった口調でかけたら、ご本人じゃった。

「わたしよわたし、H美よ。」げらげらげらげら・・・笑い声、わたしの口調がよっぽどおかしかったもんとみえる。

「ごめんねぇかけようかけよう思いながら忙しうて。」



先方は日頃、敬愛するHさん、愛娘の出産のため、寒い北京に2ヵ月行っとられた。

赤ちゃんは女の子、まだ忙しいんで写真はできとらんげな。



嬉しいことに早速、翌日ご自分の事務所へお誘い頂いた。



すぐにいつもお世話になるMさんに電話すると、有り難いことに都合もようて、2つ返事で車を出して貰うた。


丁度誰も居らん空いた時間があって、(いや作られて?)たっぷりあちらのお話が聞けた。


お話の中で特に心に残ったんは、人のことに干渉せんと云うか、個人主義が徹底しとる云うこと、それと、とにかく空気が乾燥しとって、1歩外に出ると埃の凄いこと、何でもかんでも体にひっついてくるんじゃげな。


やれやれ呼吸器の弱いわたしゃ、聞くだけで胸苦しいような、・・・。


そいで「入院中、誰も他人と口を聞かんのよ、こっちじゃ、たいてい隣のベットの人と挨拶ぐらいはするよね、それもないんよ。」


「へぇーぇ、そりゃまた・・・」


「まぁきれいなもんよ。」


「えらいさっぱりなんじゃね。」

べったらこったら、3人の楽しいおしゃべりのトキはあっと云う間に流れてしまい、有り難くお土産を貰うて、おいとました。


その夜、娘とお土産を広げながら、詰め物にしてあつた、古新聞の皺を伸ばして拾い読みしてみる。


「わきゃぁわからん、ほいでも英語よりゃましじゃね、ちいたぁなにゅう云いよるんか、ぐらいは感じられる、パソコンの広告じゃろ。」


「ほうよ。」


そいからバッグの説明を見よった彼女

「これ日本語のつもりなんぢゃろうけど、解らんよ。まだこの英文のほうがよう解るよ。」

ゲラゲラ・・・・


「あんた偉いねぇ。」


「なんで?こりゃ誰でもわかるよ。」


「パソコン3999元じゃげな、こっちのお金にしたらなんぼかね。」


「買いんさいや、中国語でもネットぐらいはできるよ。」


「どがいに映るんかね。」

「そうりゃネットはそのままよ。ほいぢゃがWordとかは漢字ばっかりじゃろ。しらんよう、もうええじゃん。」


それにしてもようできとる。


その環境とそこに住む人の気質の関係が。乾いた環境に、無干渉な人々・・・・。

湿気の多いいこちらは、お節介な干渉、関心のありよう・・・


どっちがええたぁ云われんが、やっぱり程ほどが何事も大事じゃとつくづく思う。


ほいじゃが、ちいたぁ、あちらの人の爪の垢を煎じて貰うたがえかろうで。


あんにもこんにも・・・。


古来、「隣の喧嘩は鴨の味」云う句があるが、密かに人の不幸せを愉しむ厭らしい根性が、誰しも無きにしもあらず、心の底にじゃ。

じゃが、そがいなことを恥とも思わぬお人と、接するのは情けないもんでよ。


みんながみなそうばっかりじゃないが、・・・


或るとき
「なんぼうあんたの事を思うて」と云われても、我慢にもほどがある。
たいがいのことは、我慢の辛抱で居ったが切れた。


ちいとばかり親しいばっかりに。


Eさんはわたしと同郷で年長じゃ云うので、ちょくちょく寄る人じゃった。


わたしの畠を見ると

「まぁもったいない、作りんさいや、屋敷続きじゃに、うちらぁ、もちいたぁ遠いんじゃに、作るんでよ。」と云うのが決まりじゃった。

「ほいでも、うちにゃこれでええんよ」ほんと、ようけ作っても始末に困るんじゃけぇ。


またまたEさん
「まぁいっぱい空いとるじゃぁ、勿体無い事してからに、作りゃぁえかろうに、あんた黄着なねぇ、ほいじゃけそんとに肥るんでよ、よいよ肥りかえってからに、だれべえさん見んさいや、ようしてでぇ」

「・・・(呆れてものが云えん、要らんお世話の焼き豆腐じゃ)」


「なんで作らんのん、へちゃくちゃへちゃくちゃ・・・・


「いつも云うとるじゃろ、うちにゃうちの都合があるんよ、ほっといて!」
わたしの語気はいささか荒うなった。

もう1カ所の畠の隣接地のIさん、
「どうして荒らしてんね、イノシシがよう出るけぇ・・・ああたらこうたら・・・」

なんかねちねちねちねち・・・言葉の底から意地悪なほのほがチラチラ仄見える。


今じゃEさんも「畠は、はぁおやすみじゃ」と・・・

そのうちIさんもお休みになるじゃろ。


まぁこがいなこたぁざらじゃ。云うたら切がない。


あんまり人のこと云うのも聞くのもしんどいけぇ、ええかげんにせんにゃぁ。
家柄がどうの、実家がこうの、財産から、あれこれあれこれ噂話の花咲かりじゃった。


しかし今頃はだんだん若い人の時代になって、あんまり云う人は居らんようじゃ。


逆に何にも解らん知らんの世間が出来よる。


まぁ何れにしても、人々の心の底の善意が、何より大事じゃのう。


先ずは自分が心して暮らさにゃいけんと、今日も心新たな気持ちのやまんばでがんす。




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ブログ | 06:36:20 | Trackback(0) | Comments(9)
むかし むかし
昔むかし或ところに、おじいさんと、おばぁさんがいました。
おじいさんは山へ柴刈に、おばぁさんは川へ洗濯に・・・・。

今どきの子供たちにこがいな昔話をしても、「山へ柴刈に」が解らんじゃろうし、「川へ洗濯に」も、解らんじゃろ。

まぁ解らんところが昔話じゃ云うたらそれまでじゃが・・・・。


ほんとにむかしゃぁ、こがいな生活があったんじゃ。
むかし云うても、そがいに大昔じゃぁないんでよ。
ほんの50年ぐらい前のことじゃに。



もっともこの桃太郎の昔話は大昔のことじゃが。



そりゃぁ、むかしゃぁ貧しかった。

たいがいの人々が「腹がへったのう。」

「あんたまんま食うたかや?」

「うんまぁ喰うにゃぁ喰うたが・・・」

「さらさら、今晩はなにゅう喰うたらええかいの、何こそなぁが・・・」

「裏の蕗はまだ、こんまいしのぉ、大根の花なと食うたろかい。」


まぁこがいなことを、なんたらかんたら云うて暮らしとったんじゃろ。


ほいじゃが、それだけに、一生懸命に生きとったんじゃと思う。


たいがいの貧しい人々は、人生50年で、天の恵みに謝し、地の栄えを祈り、寿いで、心豊かに(そうばっかりじゃなかろうが)暮らしとった。


今、高齢化社会 こうれいかしゃかいと盛んに云われる。
(なんか、わたしらが生きとるんが、悪りぃような気がするんは、僻みじゃろうが・・・)


昔々或るところに、おじいさんとおばぁさんがいました。
おじいさんは、ちょびっとで、おばぁさんはようけおりました。
まめなうちは、それぞれ自分で暮らしとりましたが、体が不自由になったり、おつむがめげたりして、自分で暮らすんが、難しうなると、○○ホームたら××ハウスたら云うとこにいきました。


そこじゃぁ腹が減ることもなぁし、寒うも暑うもない、天国のような生活がありました。

ほいじゃけぇ、たいていの人が長生きでした。

トイレにも行かれんようになると、大けなおむつをして貰い、
食べられんようになると、鼻から管で栄養の高い流動食を流して、
懇ろに看護して貰いました。


そがいにして何年も生き延びる人が、少なく在りませんでした。
(それにゃぁたいそうなお金がかかりました。そいでカイゴホケン云うんがあって、それは各市の役所の運営でした。
が、いつも赤字じゃ、あかじじゃ云うて、ホケン料が上がりました。)


ところが看護して貰う人らは、たいがいお金の心配は、せんでも良かったようでした。
ほいじゃが、そのおじいさん、おばぁさんが、幸せじゃったかどうか解りません。
(大むかしの昔話は、たいてい幸せに暮らしましたとサ、メデタシメデタシになるんじゃが・・・)

そうやって、お迎えが来るまで暮らし?生きましたとサ。


後々の人らが、こがいな昔話を聞いたらどう思うじゃろ。


「むかしゃぁ、えかったんじゃのぉ、まぁ羨やましいのう。」

「まぁなんと酷いことじゃったよのぉ、いびせえのう。」



今も昔も、後の世も、思いようは、人それぞれじゃが・・・。


!!いやいや、いびせえのは、いつの世も権力持った、
御エライ方がたの心のありようじゃ・・・!!



こがいなこと、片田舎のやまんばがほざいても、ミミズのタワゴトと、
嗤われるんが落ちじゃに・・・。

やっぱり一言ほざいてみんにゃぁ、気が済まんのでがんす。
ごめんなさんへぇのぉ。





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ブログ | 18:47:11 | Trackback(0) | Comments(3)
おさかな、マヒマヒ
早いもんじゃ。もう彼これ7,8年になる。
初代のわんこベンが死んで・・・・。


彼は、動物愛護センターに出向いて、貰い受けた生後2ヶ月の仔犬じゃった。

全体が白で茶の斑があった。どうでもポインターの雑種らしかった。


賢うてよう留守番するし、無駄吠えせんし、ご近所からも頼りにされとった。

それが14才余で死んで、残されたわたしら人間は、来る日もくる日も悲しみに明け暮れた。
私は思うた。なんとかして気分転換せにゃ、こりゃやれんでよ。



ベンに限らず、生き物を飼いよると、家を空けるにゃ家族が交代せにゃならん。

彼が居らんようになったけぇ、娘の提案でハワイに行くことになった。
娘の友達で、よく拙宅に遊びに来る娘も一緒じゃったけぇ、心強いし楽しみも倍加した。



わたしは昔、おばぁさんがハワイで暮らした話を、ちょこちょこ聞いた。


「ハワイはのぉ、まぁりが海じゃに魚が少ないんでよ、なんでも大味なけぇ美味いこたぁありゃぁせん。たいがいが、魚ぁマヒマヒいうのを食ぅんじゃが、美味うなぁちゅぅたらのぉ、どだい美味うなぁ魚よ、マヒマヒ云うてのぉ~。」


わたしは、マヒマヒがどがいな魚か知りたかったが、いつとはなしに忘れてしもうた。


「まぁの、ハワイはのぉ、鶏が美味いんでよ。とうきび(砂糖きび)畑でのぉ、きびの穂を食うて、勝手にそこらに玉子うんで、雛もひとりでに孵るんじゃけぇ、ほんに世話なしよ、ここらに飼うとる鶏たぁどだい違うんでよ、美味いよのぉハワイの鶏は!丸焼きにしてのぉ・・・・」


野良仕事の手を休めて、畦に腰をおろすと、わたし相手に話してじゃった。
おばぁさんはさも懐かしげに、うっとりと白い雲の浮かんだ空をみつめて話してじゃった。


こがいな昔ばなしを思い出しながら、空を飛んで一夜でハワイに着いた。
おばぁさんたちゃ、船で一月近くかかって太平洋を渡って、やっとハワイに着いたげなが。


先ずは昼飯、マヒマヒのバター焼きを注文したんはわたしだけ。
若い人らは別のもに・・・。


大きな洋皿に乗って出てきた代物、先ずはプンと臭い、腐りかけのあのにおい。
鮮度がえらい悪りぃんじゃのぉ、なんじゃこりゃ。
もうげんなり、何も食べる気がせん。


ほいでも、わたしゃ納得したけぇ、満足?じゃった。



「おばぁさん、マヒマヒはまさしくあんたの云うたとうり、美味うないの、なんの、食えたもんじゃなかったよ。」

滞在中、若い人らに連れられて遊び歩く日々に、

「何べんもチキンチキンでやんした。こりゃようがんしたよ、おばぁさん。」


あれから、あの「マヒマヒ」たら云う魚はどがいなもんじゃろうと、気になっとったら、「シイラ」云う魚じゃと何かで読んだ
が、その「シイラ」がよう解らん。


ところが、ごんべっささんの「縁起かつぎ」に詳しく出ておった。


おお!!そりゃ「万作」のことじゃげな、そんならわたしでも解りまんよ。


やれやれ、ようやくこれで、長年の謎解きができましたわい。


ほんまに、ありがとさんでがんした。




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エッセイ | 06:48:32 | Trackback(0) | Comments(8)
けんこくきねんび3 (国旗掲揚)
今日は気温もあがって、太陽のご機嫌もええし、風も無うて久しぶりのお天気じゃ。
ほいじゃが、予報じゃまた雲が出るげなけぇ、・・・・

ぐずぐずしよったら、見るみる雲が出てきた。
そいでも明るさが違うて、なんとなく早春の風情がある。


パルを連れて散歩しよったら、日の丸の旗が出とる。
おおそうじゃ、今日は建国記念日じゃった。

このあたりじゃ、何かの祝日に国旗を出されるのは、いつもこの家だけじゃ。
高うには掲げられず、なんとなしに遠慮げに感じるのはわたしの心の有り様かも。


♪白地に赤く日の丸染めて~嗚呼美しや~日本の旗は~♪♪


日頃、思い出しもせん歌が、ヒョイと口に出たのにゃ、我ながら魂消た出よ。

はぁ60年余も昔のことじゃに・・・

子供の頃あんまり歌わされたけぇ、脳みその底にこびり付いたんじゃろ。


こんとな歌を意味も無しに、おらび(叫ぶ)まくって遊びよった。


わたしの遊び相手は、たいてい男の子じゃった。女の子は泣き虫で、面倒くさい。
兵隊さんごっこばっかり、飽きもせず、野山を走り廻った。

その頃、紀元2600年じゃったらしい。

大人も子供も誰も彼も、景気ように歌いよった。


・・・・♪いまこそいわぁえこのあしたぁ~きげぇんは、にせぇんろっぴゃくねん
ああい~ちおくのう~むねぇ~は~なるう~♪♪

Kちゃんは、「はらぁはなるうー♪」と歌いよった。

Kちゃんはいっつも、「腹がへった、なんか持ってこい、遊んだらんど。」
とわたしを脅して、食べ物を持って来させた。


大人は紀元2600年ぢゃ云うて、国旗を揚げて祝い呆けとった??。
国旗を揚げとらん家は、非国民じゃと云われた。

おばぁさんは皺くちゃの旗を、不細工な竹にくくり付けて、軒下に低うに立てた。

近所の旗はきれいで、パリッとしとった。
立派な竿の先にゃキラキラと金色の玉がついて、高うに掲げとった。

うちの旗は、原爆で死んだ伯父が持ってきたらしい。

えらい貧相な国旗は子供心にもチト恥ずかしかった。

隣のおっちゃんが、おばぁさんに、くどくど文句を云いに来た。

「あれじゃぁのぉ、国旗を粗末にしとる云れてもしょうが無ぁで、ちゃんとしんさらにゃ、それにのぉ、ご真影も神棚も、揚げとらんしのぉ。」


「へえへえ、そうでがんすよの、今度、街の若ぁもんが戻って来つらぁ、云うてからに、なんとかしまひようで。」


何日かして伯父が来ても、おばぁさんはそれらしい話もせず、ただ


「上の(上隣)ぢっつぁんがのぉ、旗のことで機嫌が悪りぃんでよ、何べんかごどごど云いに来んさったが、わしゃかまわんのよ、ご真影と神棚のことものぉ。」


「ほうや、ごどごど云いんさるんかいの、ほうじゃろうのぉ。」


話はそれきりで、相変わらず、不細工な国旗が、無様に立てかけてあった。


わたしは後々に、おばぁさんの気持ちを思うた。


せめてもの反戦の気持ちじゃったと・・・


それでも終には、隣組から献納、けんのうと責められて、大事にしとったピカピカの真鍮の仏具から、鍋釜に至るまで、出す物はみんな出してしもうた。


「あがいな大けな国としてからに・・・
    子供が相撲とりに、かかりにいくようなもんじゃにのぉ。」


伯母とおばぁさんは母娘して、納屋の片隅でヒソヒソ話をしよった。
伯母はアメリカに、おばぁさんはハワイに、それぞれ若いときを暮らしたげなけぇ・・・。


ジリジリと戦況は悪化して、悲惨な敗戦を迎えよるのに、ラヂオのニュースは勝利ばっかり・・・


子供のわたしらは、さらさら知る由も無かった。


♪♪守るも攻めるもくろがねの~♪♪♪・・・《軍艦マーチ》

「だいこんにぃ、はっぱぁ(大本営発表)どこやらの上空にぃ敵機襲来せりぃ・・・」


口ぐちに大声あげちゃぁ、Kちゃんらと兵隊ごっこで日が暮れよった。

 
何べんも何べんも、日本は、神の国ぢゃけ神風が吹いて、必ず勝つんじゃと聞かされて・・・


そうそう、ほんまに大風が吹いたでよ。


吹くにゃぁ吹いたが、原爆が落ちた、敗戦の翌月じゃった。


キャサリンじゃったか?、ジェーンじゃったか?、
モダンな名前をつけて貰うた台風が、九月に大暴れじゃったでよ。


「泣きっ面に蜂たぁこの事でがんすよ。」
女、年寄りばっかりで、大いにこぼした。

はぁなんぼうこぼしても、遠慮はいらん。

「なんでも神さん、所とひんち(日にち)を間違えんさったんじゃのぉ。」

「それにのうぉ、だいたいが、間違いでがんすよ・・・。」

べちゃくちゃべちゃくちゃべちゃくちゃ・・・・

手の平返したような、云いたい放題、ベチャクチャベチャクチャベチャクチャ・・・・・


何故かおばぁさんは、そんな折にゃ寡黙じゃった。


・・・・・・はぁ、あがいな紀元節なんざ、まっぴらごめんじゃ。
建国記念日と云うて、戦争のない平和な世が続きますように・・・。
ひたすら祈るやまんばでがんす。



国旗

近所の国旗




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エッセイ | 16:16:39 | Trackback(0) | Comments(6)
けんこくきねんび2 (こんにゃく懐炉)
とにかく寒かった。

なにかと云やぁ「戦地の兵隊さんを思え」の一点張りの指導?ばっかり。

衣服も夏物のような薄物を2枚か3枚ぐらいで、我慢がまんの日々じゃった。

紀元節の式はたいてい、泣きそうなくらい、寒うて冷え込んだ。{{(T-T)}}

 
「ここに手を当ててみんさいの、温いんで」
隣に並んだTさんがボソッと耳打ちした。

そして、ニヤッと笑うて、わたしのかぢかんだ手を、自分の腹のあたりに持っていった。


ほんわかとぬくい。


暫らく当てさせてくれた。嬉しかった。なんで温いんぢゃろ…

やっと式がすんで、Tさんに聞くと、こんにゃくぢゃと。


やせっぽちの彼女は、いつも青白い顔色ぢゃった。


冷えるとすぐにピーピーになるけえ、おばあさんが、こんにゃくを茹でて、晒しに包んで腹に巻いてくれんさったんぢゃげな。

「だれにも云いんさんなね。」
彼女はわたしの顔を覗き込んで、小さな声で呟いた。


あの頃は、「ホカロン」だの「懐炉」ぢゃのありゃぁせん。
「懐炉」はあったんぢゃろうが、田舎の貧乏人の子供」にゃ縁はなぁし、もし持っとったら、戦地の兵隊さんを思えじゃけぇ、せんせに知れたら、大目玉じゃろ。


 それから彼女とはなんとなく仲良しになった。「こんにゃく懐炉」の秘密を抱いて・・・。


♪♪春は名のみの風のさむさや
     谷の鶯、歌は思えど・・・♪♪♪♪


この歌が大正12年の作たぁ、知らなんだ。あの頃、聞いた事もなかった。


♪♪「金剛石はみがかずばぁ~たぁまの光りはあらざらむぅ~
人は学びて後にこそぉ~・・・♪♪♪♪

まるでお経を読むような歌を、御製たら云うて直立不動の姿勢で、
毎日毎朝、歌わされた。


それじゃのに、「♪進め小国民~♪・・・」と煽てられて、勉強はそっちのけじゃった。

誰かが、勤労奉仕の作業しいしい、
「あのねぇ~ぇ「人は学びて」云うても、作業ばっかりじゃぁ、ねぇ~ぇ。」

「ほいでも、うちらぁ小国民じゃけぇ・・・。」

「ほうよ、ほうよ。」

「なんが、ほうよ、ほうよなら、おとっつぁん兵隊にも行かんで。」
わたしぁ、声にゃ出せんけぇひとり言で我慢した。

あっちの山、こっちの開墾地と、麦飯の日の丸べんとで、頑張った。
アルミの弁当ばこの蓋は、真ん中に穴があいたままじゃった。

♪兵隊さんよありがとう・・・♪♪

みんなで日々口ずさみながら、頑張った。


つづく…




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ブログ | 07:01:05 | Trackback(0) | Comments(2)
けんこくきねんび
寒さは厳しいが、夕暮れがやや遅うなって、夜明けも早うなったし、
春遠おからじの感が嬉しい・・・。


今年は紀元で云うと、2666年らしい。


わたしらの子供のころは紀元節云うて、学校で式があった。

風がヒューヒュー吹き込むオンボロ校舎は寒かった。

床板は隙間だらけで、野良猫が時々床下を走るんが見えよった。

ガラス窓は所どころ割れとったが、そのまんまぢゃったけえ、
粉雪が舞い込んで、窓際に並ばにゃならん人等は、運が悪りぃと云いあった。

靴下は木綿でよう破れたけえ、たいてい穴があいとる。
スリッパだの上履きなんぞ云うもなぁ、さらさら縁が無かった。


式が始まると・・・・


「朕おもうにィ皇祖こうそ国をはぢむること高遠にィー徳をたつることうォ・・・・」校長先生の勅語奉読は直立姿勢で聞かにゃあならん。ますます寒うてかなわなんだ。

 
「唱歌"君が代"」と先生のひときわ高い声がしてピアノが鳴ると、わたし等はいっせいに声を張り上げるが、ガチガチと震う{{{(~д~)}}}ばっかりで、歯の根があわんけぇ声にならん。

指揮とる先生は、必死の様子でタクトを振られる。

ちいと慣れて声が出るようになった頃に、紀元節の歌が始まる。

「♪くうもにそびゆるたかちほのうー ガチガチ ♪あかねおろしにくさもきもうー ガチガチ ♪なあびきふしけんおおみよおうー ガチガチ ガチガチ・・・・{{{(~д~)}}}」

「・・・・♪ああおぐきょうこそたのしけれえーガチガチガチガチ{{{(~д~)}}}」

寒うて寒うてやりきれん。なんが楽しけれぢやい、と思いよった。

「早う終わらんかいのぉ…」後ろの方じゃボソボソ声がしとった。

常日頃、寒いじゃの暑いじゃの、しんどいじゃの云うと、
せんせはご自分は上履きに、ウールの軍服もどきで
「戦地の兵隊さんを思え」と怒鳴るけぇ、男の子らは

「せんちの兵隊さん、さぞ臭かろう~」(雪隠、せっちん、せんちとも云う
とせんせに隠れて云うとった。



つづく…




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ブログ | 07:05:10 | Trackback(0) | Comments(4)
いちご
近年、農業も昔のやりかたと、大いに違うてきた。
そりゃぁ当たり前のことじゃが・・・。
夜空にゃ人工衛星があちこちキラキラする時代けぇ。

ほいで、野菜はさっぱり季節感が薄うなった。
ハウス、ハウスで、ビニールハウスじゃ夏野菜が真冬にできる。
もそのひとつで、苺好きなご仁にゃ、まっこと有り難いご時勢じゃ。(苺に限らず)


ふた昔も前のことじゃが、畠に苺を植えた。娘が喜ぶと思うて、・・・


期待どうり、次つぎに可愛いらしい実がついて、赤うに熟れるた。

  


ところが、翌日覗いてみると、前日の艶やかさは見る影も無うなって、しな垂れとる。 (-_-;)


翌日も翌日も熟れかけたら、いなげなかんじで、採ることにゃならん。



わたしゃ中腰が苦手じゃが、我慢してしゃがみ込んで、よくよく見りゃぁ穴があいとる。
おまけにキラキラキラキラ光るすじがついて。


おお!ナメクジ!!じゃーっ!


なんのこたぁない、わたしゃせっせと、ナメクジ飼うとったわけじゃ。
このナメクジ野郎は、昼間は影に隠れて、夜9時頃になると、
にょろにょろにょろにょろ這い出してくる。


そいで誰かが、「ナメ9時云うんよ。」とのたもうた。


かくて娘の笑顔にゃならなんだ。

以来、畠の苺はおさらばになって久しい。




ところが、昨年のこと娘が100円均一で種を買うて、鉢に蒔いた。
その名もワイルドストロベリーとハイカラな?いやモダンな名がついとる。
彼女は毎日まいにち丁寧に水をやり、芽の出るのを楽しみに覗いた。


なんでも実がなると願い事が叶うんじゃげな・・・


やっと芽が出た。ちんまいちんまい芽じゃった。
わたしゃ100均なんかの種が出るんかいの?と、半信半疑じゃった。

なかなか大きうならん。
枯れるんじゃなかろうかと、気が揉める頃からぐんぐん伸びた。


年末になって小指ほどの実がなった。
外に置いてあったのに・・・


ワイルドストロベリー

ぐんぐん大きくなったワイルドストロベリー



はて、娘の願い事は、叶うたもんやら、どうやら??

今日も小さな花が咲いとる。



ワイルドストロベリーの花

ワイルドストロベリーの花




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ブログ | 16:53:13 | Trackback(0) | Comments(0)
せつぶん
節分は立春の前日じゃげなけぇ、冬将軍が居場所が無うなる云うて慌てて、またまた暴れんさる。


えらい寒波じゃ。


たかい灯油がするするするする無うなって、かなわんでよ。


節分のいわれについちゃ、kanmoさんが詳しく載せておられるけぇよう見りゃぁ解りまんよ。


うちはうちの節分で、豆まきはせんじゃった。
撒いた豆をパルが拾い食いするかも知れんけぇ。

―パルは6才で来たんじゃが、悪癖は未だ治らん、昨年も、裏庭の柿の木の下で、落ちた熟柿を食べよった。ひどうに怒りゃぁげたんじゃが、さらにこたえん。
さかしに威嚇してからに、吠えつくんじゃけぇ、始末が悪りぃ。―


それに年の数だけ数えるんは面倒じゃし、あんまりえっとあるけぇ、終いにゃ哀しゅうなりゃせんかと思うて・・・。


そいで節分は、恵方巻きだけじゃった。


わたしは恵方巻きにかぶりつきつき、ふと思うた。  


「鬼は外」云うて、外の鬼はどうするんかいの、えっとおるが・・・


赤鬼、青鬼はまだかわいらしい、まっ黒けの黒鬼はいびせえでよ。
鬼は人の心の汚れた世界が好きなんじゃげな。(ホントは人の心に棲むんじゃと)


そんなら鬼が住みにくいような世界にすりゃ、えかろうに。
これが大問題、さてアナタならどうする??


わたしの草臥れた脳ミソは、今夜はコラエて、又にしてつかぁさいじゃと。
恵方巻きの味が落ちるけぇ・・・


そうそう、昼間ちょっと裏庭を覗くと、蕗のトウがアチコチに見えた。


こがいに寒いのに、早々と健気じゃのぉ。あんたに逢うて元気貰うたでよ。



ふきのとう

ふきのとう




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ブログ | 19:19:00 | Trackback(0) | Comments(7)

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