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やまんば

Author:やまんば
血液型    A型
星座     ふたご座
好きな食べ物 そば、こんにゃく、
        くコ:彡、C:。ミ、グミ
*娘に勧められて始めたブログ
なんのことやら分らんままに…。
二人三脚でとにかくやってみよう。

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しふくのとき
昨日、今日、急にぬくうなった。。


自然は正直じゃ、花々の蕾ががいっせいに開く。


拙宅の庭のミモザアカシアと、房アカシアの黄色い花が眩しい。


ミモザは玄関前に、房アカシアは道路ぎわの庭先で咲いとる。

房アカシアは、ほのかに甘い香りがするけぇ、道行く人が暫らく立ち止まって、香りを愉しんで行かれることも。

玄関前の木は足元に草花があるので、何かと肥やしがゆくが、道路ぎわはさっぱり肥やしはいかん。

で、玄関前の木は、幹もがっしりと太いし真っ直ぐに伸びとる。

道路ぎわの木はひょろりと伸びておまけに、にょろりと曲がっとる。

ところが花の付きは、房アカシアのほうが、うんと見事な咲っぷりじゃ。



やっぱり、なんでも飽食はようないんじゃろ。



道路ぎわにゃ、生垣があるけぇ、道行く人にゃ曲がった木は見えんで、花だけが見える。

なんとうまい具合に出来とるもんじゃと、ほとほと感心する。


燦々とふりそそぐ、春の日差しの柔らかな温もり・・・。
わたしゃ洗濯物を干し終えると、出しっぱなしの椅子にかけて、青い空をバックに黄色い花を眺める。

足元にパルが寝そべっとる。

ほのかな香りが、低い鼻をくすぐる。

鶯がしきりに囀る。


ああもったいない、ありがたい、自然の恵み溢れて、包まれて・・・。
わたしの至福のひととき・・・。


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ブログ | 07:33:21 | Trackback(0) | Comments(2)
いもうえ
じゃがいもの植え付けを、お彼岸前に2キロほどした。

このときは、お若い友人Sさんが、(わたしの娘の友達じゃが・・・)
「どがいにして植えるんか見たいんよ」と寄ってきた。



「こがいに芽をみて、いもう切ったら、灰の中へ転がして、ほいから芽のほうを上にして、こんくらいの間を空けてね、土をかぶせりゃ終わりよ」


わたしゃ屈みこむのがしんどい、腰が痛いけぇ・・・。すると、彼女が「わたしもするけぇ」と植え始めた。

まぁなんと手早いこと、あっと云う間に済んだ。

物言いもおっとりしとるし、物腰も優しい、それにえらい美人じゃ。
それじゃにすることは、しっかりしとる、たまげたでよ。


それからもう一人の友人Nさん、わたしとは一回り若い。

どうしても植えたい「必ずいくけぇ待っとってぇよ、行くときゃ電話するけぇね」というたが、ウンともスンとも音沙汰なしのつぶて。

じつは3月の半ばに予定したのに、その日は小雪まじりの、寒風が吹きまくるけぇ、
取り止めた。

それから暫らく天候が悪りぃ。

やっとお天とさまのご機嫌がようなったけぇ、電話したんじゃが・・・。





ある日の昼前、お隣さんが塀ごしに声をかけてじゃった。

「あんたぁ、はぁじゃがいも植えたんね」

「植えるこたぁ植えたんじゃが、まだ後のがあるんよ、返事がないけぇ、もういっぺん今からかけよう思いよるとこよ」
「ありゃまだね、早うせんにゃぁ、3月が去るでよ」

「うんうん、今からするする」




ようやくNさんの携帯に繋がったら、

「ごめんごめん、もう明日から2週間居らんのよ、ごめんねぇ」
聞けば、東京の娘さんのお手伝いに行くんと・・・

「まぁええじゃ、ええことで行くんじゃけぇ、心配せんで、植えとくけぇね」




わたしは電話が終わるとすぐに取り掛かった。

この前植えたところが、何処までじゃったか判らん。

ここ?ここかいの?そろりそろりと、地中に指を這わせてみる。

やれやれようやく判った。
ちんまい芽が覗いとる。


何年か前のこと、わたしより7,8才年上のMさんは、
「じゃがいもはのうぉ、遅うても3月の10日までにゃ植えんと駄目で、10日までで」とのたまうた。
いつも何事につけて、きちんと決まらんといけん人じゃった。

Mさんと同じ年頃のUさんに「今日植えたんよ」というたら、

せやぁないよ、大丈夫!遅う植えたら、遅うに掘りゃええんよ」といわれる。


Mさんは最近めっきり年寄ってがたがた、あの頃の元気はさらに無い。


Uさんはなかなか若いし元気じゃ。ものの考え方がしなやかにかで、面白い。

あんまり四角四面なのも考えもんじゃ。

わたしゃ、ずるりゆるりで、今までどうりでいこう。






ブログ | 12:45:07 | Trackback(0) | Comments(0)
てうち
        
春眠、暁を覚えずとか・・・。
若い頃はなんぼう眠っても、満足するこたぁなかった。

ねてもねても、ねぶたい春じゃった。
年寄りが、
「よいよ、ねられん。つるっとしたか思うたら、はぁ冴えて朝までねられん」
というのを聞いて、子供心に羨ましゅうてならなんだ。

わたしはどだい(もともと、基本的に)ねぼすけで、自分ながら情けなかった。

「まぁ、こんならぁ(この子は)ようねるとも、ねるとも、引いても、突いても起きゃぁせん、なんぞおおごとがあっつらぁ、どうすりゃぁ」

と云われ云われ長じたが、お陰で火事にも遭わず、地震にも戦災にも(田舎じゃけ当たり前)遭わなんだ。


わたしは子供の頃から大柄じゃった。
再々病気するわたしは「ウドの大木役たたず」とよばれた。

「大男(女)総身に知恵(血ぃ)が廻りかね」たら云うて、大人たちから、ほうとぬるい(とろい)と罵られることしばしばじゃった

その頃血圧じゃの、貧血じゃの百姓やの貧乏人が、知る由も無かった。

村のお医者さんは、銀鎖のついた銀時計をだして脈を取ってじゃが、
血圧は測らんかったけぇ、その頃血圧計があったんじゃろうか?

あったとしても、
「わしの専門は、京大の耳鼻科じゃけぇのぉ]

と云う先生じゃったけぇ・・・。


大人になって血圧を測るようになってから、かなりの低血圧が判った。

蕎麦が、高血圧に大層ええ云うのを、知ったんは、それからだいぶん後々のことじゃった。

そういやぁ、おばぁさんご自慢の手打ちのてごう(手伝い)して、たっぷりと蕎麦を食べたら、なんやらいつも体がだるいような気がしよった。が

それが蕎麦のせいじゃと思うたことはさらさらなかった。


おばぁさんは、畠に蕎麦の種をまいて収穫したら、石臼で粉引きもしてじゃった。
わたしは、いつも石臼のてごをしよった。


蕎麦はうどんと違うて、手間がかからん。
うどんは、捏ねてから暫らく、ねかせんにゃならんけぇ、暇が要る。

おばぁさんは蕎麦の手打ちを、再々してじゃった。

その上、石臼を回したあと、引きたての蕎麦粉で、蕎麦がきをして食べる。

まぁの、にいなもなぁ(新しいもの)何でもうまいんでよ、ええ香りがしょうがいのう」(するじゃろうが)と云いいい、自分も食べ、家人にも、たまたま近所の人が来たら、それにも食わせてじゃったけぇ、わたしはなかなか石臼から解放されん。

で、いつの間にかはぶて面《膨れ面》になってしもうて、またまた怒られる。

「まぁよいよ、可愛げのない子じゃ、ブサイクなんじゃけぇ愛想なとよけりゃええに」

といわれて、よけいに(ますます)情けない顔になる。

するとまたまた追い討ちをかけられる。

まぁどう云うことかいのぉ、どっちの親にも似ん、いなげな面相じゃ」

ねぼすけに、ほうとぬるいで、ブサイクじゃぁ、おばぁさんも情けなかったんじゃろ。


血圧が低いのに、精々蕎麦を食べよったんじゃけぇ、ねぶたいは直らん筈じゃった。


そがいに怒られ、おこられしても、おばぁさんは懐かしい。

いつかのこと、はぁだいぶ前のことじゃが、あの手打ちの蕎麦が食いたい思うて、
「新そば粉」云うのを求めて、蕎麦好きな友人2人でしてみたが・・・。

やっぱり今いちじゃった。
友人は「美味しいおいしい」を、連発してくれたが、・・・



先ず水が違うし、捏ね鉢が違う

わたしの捏ね鉢は木製じゃが、おばぁさんのは、がっしりした陶器じゃった。

捏ねて捏ねて汗が出るほどに、捏ねまくるんがわたしのてごじゃった。

「はぁええ?」
「うんにゃ、まだまだ]


の繰り返しを、二回、三回、やっとおばぁさんと交代になる。

「ヨッコラショーイ、ヨッコラショ」

おばぁさんは唄うような掛け声で最後の捏ねをしてじゃった。

それから粘りの出たそば粉の塊を、丸うにまとめてもちあげると、
捏ね鉢の底めがけて「やれのっやれのっ」と、おかしげな掛け声で、ぶち投げてじゃった。
(叩きつける)

するとパチンとええ音がしよった


貧乏暇なしで、いつの間にかわたしも齢重なり、「春眠、暁を覚える」ようになった。
「春はあけぼの、ようよう白き山ぎわ、すこしあかりて・・・」も眺められるようになった。

熟年になると低血圧は自然と治って、丁度ええ具合じゃった。

最近じゃ、やや高めになっとるけぇ、蕎麦を再々食べにゃならん。
そこで、八割とか十割とかの干そばを、買い置きしとる。

今日も昼に、テレビ相手に一人で食べる。

いなげな若い国会議員が、なんやらわけの解らんことを、ほざきよる

その後その党のエライ方が、つまらんことを、またほざく。

「ばかばかしい猿芝居、あれじゃぁ猿のほうがましじゃ」
だんだん腹が立ってくる。


エエイッ、あのパチンとええ音で手打ちにしてやりたい!


こう腹が立っちゃぁ、蕎麦の効用が足らんでよ、もう一杯食わにゃ・・・。

ブログ | 07:48:18 | Trackback(0) | Comments(1)
はんごろし
         
暑さ寒さも彼岸までと、昔から云われるが、どうも今年の彼岸はさっぱりせん。
入りの日は小雪がチラチラで、えらい寒かった。

法要の帰りに買い物すると、まぁおはぎおはぎおはぎで、おはぎの製造元もそれぞれに装い工夫をこらして、競い合うての賑ぎわいじゃった。

どれもこれもいかにも甘そうな予感で、なかなか決まらん。
いつか黄粉なら、よかろうと思うて買うたら、中が甘いあんこじゃった。

まるで薄皮まんじゆうのようで、あんこばっかり、まだ悪りぃ。

たった2個ぐらいのことじゃに・・・。

仏さまにお供えするためじゃ云うても、あとは我われ生き仏さまが召し上がるんじゃけぇ、
あんまりやたら甘うちゃ敵わん。

今どきのように、食べ物が豊富で核家族の小人数じゃ、家でおはぎを作ることも無うなった。

わたしらが子供の頃は、おはぎは大そうなご馳走じゃった。

人数も多かったし、買うて食べるじゃことの、考えられん時代じゃった。
なんせ田舎の雑貨屋の店じゃ、おはぎや、餅、沢庵なんどは、売っとらんかったように記憶する。


ある日
おばぁさんが、大けな3升釜に白米と餅米を半々で、くど(かまど)に掛けて、火を焚き付けてから、
「ヨッコラショ」の掛け声で、腰を伸ばして云うてじゃった。

これが出来つらぁの、半殺しをするけぇ、てごう(手伝い)をせえよ

もうひとつのくどにゃぁ、大けな鉄鍋がかかっとって、小豆のあんこが炊きあがっとった。

わたしゃそのあんこが食いたい。
それを云うと、おばぁさんは、

やれまぁ、わりゃぁよいよ、ほいと(欲しがりや)じゃのう」
と云いながら、小皿にあんこを盛ってくれちゃった。

暫らくすると、釜がグツグツ云いはじめて、厚い釜の木蓋が時々ほんのちいぃびっと、フッチャンふっちゃんと持ちあがる。

すると蟹が泡を吹くように、ぶくぶくぶくぶく泡が吹きこぼれる。と

おばぁさんは、くどの火を引き出して、火加減をしてじゃった。

今思うと、とてもじゃないが名人芸じゃったと、改めて感嘆することばっかり。

おばぁさんは、頃合いをみて3升釜をおろしてじゃったが、今思うと、ようもまぁ、あがいに重たいものを、どうやって持ち上げておろしたものか。

(おばぁさんはわたしのように大きうはなかった。やや細身じゃったし、お洒落でべっぴんさんじゃった。)

さて、それからこれまた長い大きなすりこぎで、釜の中を突く。
これがわたしのてごじゃった。

あんこを貰うて機嫌のええわたしは、力いっぱい突き捲る。

はぁええ、はぁええ、(もうよろしい)半殺しじゃけぇこれくらいでええ

すりこぎの手を止めてから、次は丸める。

それにあんこ塗りつけるんがおばあさんの役、木の餅箱に並べて終わりじゃが、3升もあっちゃぁ仰山なことで、結構手間隙かかる仕事じゃった。

その後、近所に配る、これも私の役のじゃった。

あの頃砂糖は貴重品じゃったのか、あんこはほんのりと甘かった。

その頃のおはぎは、あんこが薄かった。
ところどころ禿げとったけぇ、おはげじゃといいよった。

あの半殺しのおはげが懐かしい・・・。

だれぞいっしょに作らんかい、・・・

そうそうSさんおはぎが大好きじゃ云いよったが・・・。



しかしあの頃は物が乏しかったけぇ、あがいに美味しいと思いよったんじゃろ。

今のこの豊、飽食の時代に、あがいに美味い半殺しのおはげは、何処にもなかろうで!!



彼岸じゃ云うのに、よう雨が降る。

しばし半殺しのおはげの思い出にどっぷりつかって、おると・・・。

世の中にゃ半殺しとも云えることが、多いんじゃなかろうかと・・・。

人間なんの希望も無うて、ただ生かされとるだけじゃ、半殺しに等しいと思うんじゃが。


また格差社会が云々され始めて久しい。

富めるものはより豊かに、貧しきものはより貧しくじゃ、適わんでよ。



個人の心がけもさることながら、お国の政の根底にじゃ、人を思いやる精神がありゃ、未来は明るうて、人々は希望を持っていきいきと暮らすんじゃなかろうか。

半殺しはおはげだけで、はぁええ、はぁええ・・・。




ブログ | 10:13:40 | Trackback(0) | Comments(4)
デブのこうよう
     
知人の家へ行って、帰りがけに急な石段から、宙を飛ぶように落ちて、1ヶ月が過ぎた。

若い相棒はわたしが落ちるのを、

「スローモーションのように見えて、怖かったよ、ほんとに大丈夫なん?」

と拙宅まで来てくれて、何度も何度も心配してくれた。

かなり高い、「5メートルは優にあるよね」と誰でも云う。

近くの病院にいった。
レントゲンやら、CTやら何枚も撮ったが異常は無かった。

知人もお勤めがあるのに、わざわざ来てくれた。
自分で勝手に落ちたんじゃに、心配かけて申し訳のうて・・・。

痛みは2,3日あとからひどうに、痛み出した。
欠伸しても咳き込んでも笑うても、飛び上がるほどに痛い。

横になるにも起きるにも、「あっいたたたぁの悲鳴が口をつく。

毎日毎日痛み止めを飲んどるのに・・・.
まぁひんちが(日にち)が薬じゃけぇ、丁度寒い日々が続いとるし・・・。

わたしゃ家事も手抜き専門でやり、炬燵のお守りに専念しとった。

だんだん痛みが薄らいでくると、

「ようもまぁあっこから落ちて、これ位で済んでからに、よっぽど運がえかったんじゃ」
と今更のように感謝の念が深うになるばかりじゃった。

友人たちも、口を揃えて云う。


「ようもまぁ、それ位で済んで・・・」



不思議なことに、痛み止めが無うなるまで飲んだ頃にゃ、殆ど痛みは消えてしもうた。

頭のたんこぶも、どこじゃったか解らんほどに、消えてしもうた。

そこで心配かけた面々に、感謝をこめて、やまんばご自慢の?赤飯を炊た。

しかし運がよかったには違いないが、これも大きな要因じゃろうで。


つまり「嘆きの脂肪の塊・・・。」


「デブの効用」も大に違いない。


そうそう2年前のバイクの事故のときも、
大腿部に青紫の腫れが1ヶ月もあったが、骨はなんともなかった。


あれもまさしくデブの効用じゃった。

・・・さりとて「デブ万歳」にゃぁなり得ん。

やっぱり「嘆きの脂肪の塊」でがんす。

さぁ春じゃ、あれこれ野暮用がいっぱいまっとる。

何事も無かったことを感謝しつつ、これから頑張るやまんばでがんす。










ブログ | 21:18:07 | Trackback(0) | Comments(4)
はいふ
ここ最近のお天とさんの、ご機嫌のよう変わるのにゃ、いささかしんどい。

そいじゃに、蒔かぬ種が生えて、畠は雑草でびっしりじゃ。
おまけにそれなりの花が咲いとる。

3月はどっこも年度変わりで、それぞれに忙しい。

町内会もそれなりに気忙しい。
新年度の、ゴミの出し方にについての表や、チラシがどっさり来た。

各班の世帯数に分けて帯封をするんじゃが、明らかに12枚は、足らん。

「ウオーキングがあります」なんぞのチラシたぁ訳がちがう。

以前も大切なものの、数が足らんので、会長さんに申し出ると、
「調べてみます」といわれて、後日
「やっぱりうちに届けられとるんは、ああなっとりますけぇ」じゃと。

で仕方ないけぇ各班長さんに断りをいれて、配布したことがある。

今度はそうはいくまいて、なんとかせにゃぁ・・・。

出鱈目なゴミ出しされて、

「うちにゃぁ、チラシも表もそんとなもん貰うとらんけぇ」
と云われるかも・・・。

わたしゃ雨降りは好かんが、オンボロ傘を引っ立てて、
のったりのったり歩いて出張所へ行った。

顔見知りの事務員さんが、ポツンと居られる。

これこれしかじかじゃと申し出ると、「えっ12枚も」と言いながら、届いたばかりらしい包装物を、ほどいて「12枚ね」と数えて下さった。


家を出るときゃ小降りじゃったのに、急にバケツをひっくり返したような雨になった。

お陰で誰も来んけぇおしゃべりを始めた。


「お宅は,お里はどこじゃったかいね」とわたし.


彼女にわかに喜色満面「○尻」です」と云われる。

「ああ○尻ね、あっこはええとこよねぇ、野呂山の麓で、前が海じゃし

「そうなんですよ。野呂山からの景色は絶景です」

「そうそう絶景絶景、ほいで頂上はまた広いんよねぇ」

「ええ広いです、わたしらは、遠足でよう登りました」

しばらく、野呂山の話に花が咲いとるうちに、雨がおとなしうなった。


「やれまぁ、済みませんでしたね、ほいじゃまぁこれで、助かりましたわい」

わたしは貰うたものをしっかり抱いて雨の中へ出た。


そう云やぁ、野呂山に登ったんは、10年ぐらい前が最後じゃったか・・・。

30年前ころ、バブル景気で頂上が開発された。

ロッジが出来たり、車道、遊歩道が出来たりで、大賑いじゃった。

その頃よくドライブで再々行ったもんじゃが、・・・若かったし・・・。

今は見る影も無うて、寂れてしもうて・・・。
わたしらも年寄って・・・



ほいじゃが、あの瀬戸内海のパノラマの絶景は変わらんじゃろ。

もう一度行きたいもんじゃ。

さて、雨はなかなか止まん。

配布は明日のことじゃ、天気になってからにしょう。







ブログ | 11:03:35 | Trackback(0) | Comments(4)
たそがれ
    
ここ暫らく温い日々じゃた。

わたしと同年輩の、お隣さんから電話があった。
「ご免よ、チヨットそこを覗いてみてくれん?ゴミのことで聞きたいんじゃが」
「はいよ」
いつもの塀のところに立つと、彼女が出てきた。

「あのねぇぇ、このゴミはいつ出しゃぁええんかいね、ゴミの出し方いうのを見たんじゃけど、よう解らんのよ」
彼女の足元に、大きな黒いビニール袋が2個あった。

「見んにゃぁ解らんよ、こっちぃかしんさいや」
わたしは塀越しに手をのばして、彼女が持ち上げた袋を、両手で受けとる。

見かけほどのことは無うて、さほど重くはなかった。

日当たりのええとこにある椅子に腰を下ろして、袋に手をかけた。

お隣さんがやってきて、困惑げな顔で云う。
「こりゃプラじゃぁないし、昔のもんじゃけ、何にも書いてないけぇ、困るんよねぇ」
「まぁ掛けんさいや、ゆっくりやろうや」

袋を開けてみると、少学生の文具ばっかりじゃった。

「ようまぁこがいなもん、今まであってからに、」

「ほうよ、娘らのじゃけぇねぇ、捨てよう捨てよう思いよったんじゃが、物置の奥にあって・・・、やっと物置の整理をしたら、出たんよね」

「孫さんが大学生じゃにね、古いもんよ、こりゃほとんどビニールじゃ、鞄の中は厚紙が入っとるけぇ、ばらしゃええんよ、」

わたしゃカッターナイフで、バリバリ破いて、中身を出すと、もう1つの袋に仕分けする。
「まぁ、うまいことやるんじゃねぇ、」
「ほうよ、前の世じゃぁ「おわいや」じゃったんかもね」
「おわいや云うて?」
「汚わいやよ、汚わいや、護美屋さんよ、わっはっははははぁ」
「へーえそりゃまた、あっはっははははぁ」

日差しが温かい。

鶯がわたしらの笑い声に和するように、一際高うに囀る。
時折の風に、¥100均一で買うてきた風車が爽やかに、カラカラカラカラ・・・



案外それほどの手間はかからんで、あれこれ分別仕分けして終わった。

「まぁ此処へ置いときんさい、わたしが出しとくけぇ」

「ほうね、ほいでも悪りぃじゃぁ、出すのまでして貰うちゃぁ」

「悪りぃこたぁないよ!ほいじゃが、どうでも自分の財産じゃけ、持っていぬる云うてんなら、そうしんさいや」

「いんにゃ、そがぁなこたぁないよ、すまんねぇ」
と彼女は椅子に深く座りなをして、欠伸を噛み殺しながら、のんびりと云う。
「まぁ気持ちがええねぇ、温かいし、気になっとったことが済んだし」


「ほうじゃね、鶯もよう鳴くし・・・」

わたしは、青い空に飛行雲を流して、キラキラ光りながら行く、豆粒より小さなものを見つめて、大欠伸をしながら答える。


飛行雲が出ると天候が崩れるというが、その日は、それが信じられんほどの好天じゃった。


暫らくの沈黙の後、お隣さんが云う。
「しかーし今はええよ、これから先みんな年とって、ごみの出し方間違えるようになるじゃろ、見てみんさいね、この班、若い世帯云うたら居りゃせんがね」

「ほんまほんま、そうじゃ」

「どうなることやら、困るよね、あんたどう思う?」

「どう?云うても年はみんな取るし、いや取りゃぁせんがね、寄って来るけぇこりゃどうにもならんね」

「ほうじゃろ・・・・・・まっ仕方がないよね・・・、はぁそれよりゃまた夕飯せにゃぁ、済まんね、有り難うね」

あたふたとお隣さんはお帰りになった。

一人になってついつい思う。

「残照の日々」というブログを書く人がおられる

「残照の日々」・・・なんと詩的であることか、哲学的な匂いすら感じる。
それにとってもお元気で、溌剌と輝いて居られる様子が、読み取れる。


お羨ましい・・・。


もうわたしらは今、黄昏の日々じゃ。
黄昏は、すぐに夕暮れ>、夕闇になる・・・。

そがいなことを考えたら侘しい。
哀しい・・・。



・・・・いやいや暗闇の夜は、夜明けとなり必ず朝を迎える。

それを信じて、最後まで明るく元気で、頑張れる自分でありたい。


やっぱり翌日は悪天候で、やたら寒く小雪が1日中舞う日だった。










ブログ | 16:58:58 | Trackback(0) | Comments(4)
にが~い
     
こないだ屁糞葛のことを書いたとき、連れ帰った八朔もどきをジャムにした。

拙宅じゃ、私一人で、一年中たべても何ぼもいらんけぇ、人にあげよる。
店に売りよるんよりゃ、だいぶん苦い。

まぁ何よりの取り柄は、自然のまんま、そのまんまで、農薬なんぞ縁がないことじゃ。

「まぁあがいに、にが~いジャムは要らんでよ、よう食べてじゃね」
という人もありゃ、

「苦いもんは、為がええんよ、(体にいい)ほいであのホロリとした苦味の美味いこと、パンがなかっつらぁ、ご飯にのせて食べるんでよ、ほんとに手間なものを有り難うね」
というご年配の人もある。

~ええっご飯にっ~まさに、蓼食う虫も好き好きじゃ。まぁお好きなように、召し上がれ!


お若い人達ぁ、マーマレードとお呼びになる。

「うん、ほうじゃね、ちょっとにが~いね、でも、これ紅茶にたっぷり入れたら、とっても美味しいんよ」
とのたもうて、たっぷりと貰うてくれた。

気持ちがいい。嬉しうなる

古来、良薬は口に苦しとか・・・

食べ物にかぎらず、正しい行い、意見、論がとかく敬遠されるんは情けないことじゃ。

ええ世の中になるにゃ、にがーいものが、受け入れられるようでなけらにゃいけんがの.
それを切に願う、やまんばでがんす




ブログ | 23:55:34 | Trackback(0) | Comments(5)
かいごようしえん!?


日々、急速にぬくうなった。

こがいにええ天気なら買い物に出たいが、
自転車での帰りを思うたら、ついつい気が重い。


あの車がありゃええのに・・・。


思うようにトコトコあちこち行けるのに。

じゃがいもの種芋も買わにゃならん、灰も・・・。
他にも種物を見たいし、買いたいし・・・。

あの車たぁ俗に老人車といわれる、電動四輪車のことじゃ。

「区役所の介護のほうに聞いてみんさいの、月2千円余りで貸してくれるんよ」
何人かの人が教えてくれたけぇ、先ずは電話した。

男の人の声で、どこそこえ来るようにと云うので、どこそこですねと念押しした。
行ったら、受付さんは
「此処じゃぁ有りません。向かいの建物です」げな。

階段を上ったり降りたり膝が痛んで、腹立だたしい。

行った先の受付の人は、痩せこけた優しげな女の人じゃった。
ところが蚊が泣くような細うて、こうまい(小さい)声で聞き取りにくい。

やっと、いついつ訪問するとかの日時が決まり、その日を待った。

時間きっちりにおいでんさった。

なにやら広げて
「これから70余項目についてお尋ねします、そう難しいことじゃ有りませんので、ありのままに答えてくださいね」といわれて、質問がはじまった。

起き上がるときは?立ち上がるときは?とかいろいろ聞かれた。

「食べ物に咽せたりはどうですか」
「それは再々あります」
「再々ですか、すぐ治まりますか」
「すぐのときもありゃ、なかなか治まらんで困ることもあります、はぁと年ですけぇ」


「そうですか、ではお鍋はよく焦げたりしますか
「鍋は焦げぎゃぁしまへん。コンロがこげる前に火が消えるようになっとりますけぇ」

「お風呂の水が溢れたり、沸きすぎたりは有りませんか」
「そがいなこたぁ無ぁです、ひとりでに止まりますけぇ」


あれこれ聞かれてようやく済んだ。

しばらく質問事項を眺めてから云われた。

「まだはっきりとは解りませんが、多分に介護要支援にはならないと思いますよ。」
「はぁ?」
「わたしが決めるわけじゃ有りませんので・・・1ヶ月後に通知がきますから」
なんだか申し訳なさそうな、か細い声で云われる。


「あのですね、わたしゃ何かして呉れぇ、いいよるんじゃ無ぁんですよ、只膝が痛いんで、長道が歩けんし、自転車もフラフラしてきびが悪りぃけ、あの車を借りたいだけなんですよ、足のことだけなんですがね」

「解っております、でもこれは決まりですから」

「そりゃそうでしょう、しかしね、あの車はバスも走る公道をいくんですけぇ、しっかりしとらんと危ないと思いますがね。まぁ云うなればもちいと、惚けにゃぁ貸されん云うことでしょう。惚けてからぢゃ危のうて乗らりゃぁしまへんよ」
わたしゃ遠慮も容赦もなく云いたいことを云うてしもうた。

今まで介護保険は、使う人は使い放題の感じじゃった。
これからは簡単にゃ使えんらしい。保険料だきゃ勝手にあがって。


忘れた頃に区役所から通知がきた、云わずと知れたペケの通知じゃった











ブログ | 20:58:38 | Trackback(0) | Comments(7)
あっ、くさっ! くさぁぁぁあああ!
ようやく気温も上って空も青い。
こりゃどうでも八朔もどきを、連れてもどらにゃいけまいてぇ。

大喜びのパルを一輪車につないで、おったりおったり歩く。
時々吹く風はやっぱりまだ冷たいが、ゆるい坂道を歩きゃ汗ばんで心地ええ。

昨年「ゆずあれこれ」に書いたが、その八朔もどきの樹がまた一回り大きうなっとる。

鶯がわたしらを歓迎してくれる。

辺りにゃ誰もおらんけぇ、「上手じょうずぅー」と何べんもおらんで(叫んで)褒めちぎる。
すると応えるように、ますます賑やかに囀る。だいぶん上手になった。


すぐ近くが大きな竹薮じゃけぇ、たいそう声が近い。



八朔もどきが、樹の下に仰山なこと落ちとる。
暮れからのあんまりな寒波に、くたびれたもんよ、どれもこれも腐って落ちとる。


ほんとは2月の初め頃にゃぁ採るんじゃが、風邪引きじゃったり、お天とさんのご機嫌がようなかったりで、なかなか採れんじゃった。

天候がようない云うても、みんな働きよってじゃと思うが、ついつい膝が痛いじゃの、なんじゃかんじゃで延び延びになってしもうた。そのぶんようけ落ちたんじゃろ。

まぁええか、売るんじゃなし、少なけりゃ、そんだけ仕事は楽じゃ、ものは思いよう・・・。

ほんとは半月余り前、よその玄関先の階段から落ちて、(これがまた急な階段で、4メートルはあろうか)まだ痛いけぇ、少なぁのは幸い、何かのお計らいじゃ、ありがたやありがたや。

さて仕事を始めると、大けな葛が樹に絡みついとる。
新芽が出とるけけぇ、よう見りゃなんと屁糞葛じゃ。



やれまぁ!へくそかずらは大嫌いじゃ、やいやいやい、くたばれくたばれぇ~~~・・・・(心のさけび)


わたしゃ、体の痛いのも忘れて大鎌を振り回して切りまくり、やっと落ち着いて葛の根元を見た。
石垣から太い根がにょっきと出とる。とてもじゃないがこりゃぁ抜かれんでよ。

また夏頃にゃ、いっぱい芽を出して茂るんじゃろう。

花は可愛らしいと云う人もあるが、わたしゃ 「ふん、貧相な花じゃ」 と・・・。

坊主憎けりゃ袈裟まで憎いで、あの悪臭にゃ20年近くも泣かされたけぇ。

はぁ3年になるが、畠の一角に墓所があったのを、移転した。それまでは毎月草むしりに半日かかって掃除しよった。

一生懸命、汗だくで草むしりをしよると、突然屁糞葛のお出ましじゃ。
臭いのなんの、草に紛れとるんを、むしっとったんじゃけぇ。

ええいまたやられた。

始めは気をつけとったんじゃが、だんだん一生懸命になると、つい忘れて、・・・


災害は忘れた頃にやって来る

思わず「あっくさ、くさぁい臭い臭い!!」とおらんで腹が立ってくる。


「臭いものにゃ蓋」云うてもこりゃ蓋のやりようが無い。



この屁糞葛、万葉の歌にあるげなけぇ、エライもんじゃ恐れ入るでよ。



まぁそれにしても、この屁糞葛、触らぬ神に祟りなしじゃが、何処やらのお偉いさん方がたの屁糞葛にゃ祟りがあるらしい。

あの手この手のお祓いも、あんまり効能がないようじゃ。

困ったもんよ、何とかならんかいの。


さてようやく仕事もすんで、収穫物を一輪車に積んでパルを繋いで、そろりそろと家路につく。


青い空に、ふりそそぐ陽光・・・体は痛うても、気分は爽快じゃ。

ほいじゃぁまた逢う日まで、屁糞葛よ、さようなら・・・。

やれやれ!








ブログ | 23:46:59 | Trackback(0) | Comments(7)
うぐいす
ありゃ、はぁ3月じゃ。

おお!そうじゃ、暦を1枚破らにゃぁ。

そうそ、昨日は鶯の声を聴いたでよ、今年初めてじゃ、まだ声がよう出んらしい。
ちいびっとしか啼かんじゃった。
風も寒かったし、まだ下手くそで恥かしかったんじゃろ。

ついつい早春賦の歌が口をついてでる、下手くそじゃけぇ、人に聞かれんように家の中で歌わにゃいけん。聞かれたら味噌が腐る云われるけぇ。

パルが可笑しげに首をかしげてわたしを見る。まぁ彼女は何にも云わんけぇ。

毎年まいねん思うんじゃが、「声はすれども姿はみえず、ほんにあなたは屁のような・・・」
で、鶯の姿を見たことが無い。


ほんまにどがいにして、暮らしとるんじゃろ、思うてちと調べてみたら、やっぱり笹藪なんかで、暮らしとるらしい。

梅に鶯云うんは、梅の花の蜜が好きで、それに梅に付く虫も食べるけぇ
梅にとまるんじゃげな。

わたしゃ、なんとまぁ風流な鳥じゃと思うとったら、ちゃんと理由があったんじゃの。


ほいじゃが見たこたぁない。

まぁ、やまんばのような無粋なおばばにゃ、見て貰いたいことも無かろうで。
声を聴かせて貰うだけでも、ありがとさんじゃ。


そうそう鶯の姿をまじかに見て、囀りを堪能したんは、はぁ夢のような昔のことじゃった。


わたしが育った田舎に、新しい床屋さんができた。
たしかわたしが3、4才の頃じゃなかったか・・・

その頃、子供はたいがい1軒に、6、7人から7、8人じゃった。
あんまりよう切れんバリカンで、家人に男の子は虎刈りの丸坊主、女の子は裁ち鋏かなんかの鋏でジョキジョキと、オカッパに切って貰いよった。

おとやんは、やっぱりバリカンでちいと丁寧に丸坊主にして、おかやんは、たいがい長いままで、後ろにとぐろを巻いた頭じゃった。

初めてその床屋に云った時のことは、ぼんやりとしか記憶に無い。
おじいさんの肩にのって、(肩車と云う)行ったのを憶えとる。

(おじいさんは、何処へいくにもわたしを肩車して、ヒョコヒョコ歩いた。)

只、今も思い出されるんは、大きな鏡に映る自分の顔が嫌じゃったこと・・・、
(わたしはブサイクな児じゃ、おたやんじゃと(おたふく)おばぁさんに云われとったけぇ、自分の顔が好かん、今も。)

それにきれいな鳥かごに、緑色の鳥が2羽おった・・・。

その鳥が ホーケキョ ホーケキョ と啼くんが不思議じゃった。

新しい床屋さんの室内は、声がよう響いて別世界のようじゃった。

(わたしの実家の方じゃ、鶯の啼き声は聴いた憶えがない。)

わたしは鏡の前に座らされると、鏡を見るんが嫌じゃけぇ、すぐ眼をつぶって狸寝入りしとつた。
そのぶん鶯の啼く声はいっそう心地よかった。

何年かそうしてその床屋さんで、鶯を愉しんだが、戦争が激しうなっていつの間にか床屋さんは無うなった。ご亭主が徴兵されたらしい。

余りにも遠い遥かな昔の想い出は、輪郭もぼんやりとぼやけて、夢まぼろしのよう・・・。
それはいつも、鏡の前で、狸寝入りしとった所為もあろうか。

わたしらもだんだん大きうなって、小国民で戦時色一点張りになると、鶯のことはさっぱり忘れてしもうた。


大人になると貧乏暇無しで、鶯なんぞ忘却の彼方、さらさら想い出すこともなけらにゃ、聴くこともなかった。

20年余り前、此処に住んで、鶯の声に再び巡りあわせた。


それから毎年、春の庭先に洗濯物を干しながら、聞き惚れた。
庭の手入れをしながら、幸せな気分に浸った。


昨日も今日もまだ寒い。もっと温い日々になりゃぁ、華やかに歌いだすじゃろ。


平和な平凡な日々!なんと有り難いことじゃ!

こうして、毎年彼らの美声が聴ける幸せを想い、それが末長くありますようにと、切に願うやまんばでがんす。




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ブログ | 15:32:10 | Trackback(0) | Comments(7)

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