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やまんば

Author:やまんば
血液型    A型
星座     ふたご座
好きな食べ物 そば、こんにゃく、
        くコ:彡、C:。ミ、グミ
*娘に勧められて始めたブログ
なんのことやら分らんままに…。
二人三脚でとにかくやってみよう。

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なつ
はぁ、そろそろ梅雨明け宣言があってもええ頃じゃが・・・。
台風、イーウィニャたらが来るげなけぇ・・・


そいで、大雨で雷が鳴るいう予報じゃった。

にわか大雨と、雷は鳴ったが・・・。
まぁ、ええあんばいに、こっちにゃ来んじゃった。

(むかしから雷が鳴ると梅雨が明ける云いよった)


ありがたや、ありがたや、と、まぁ感謝の今日この頃じゃが、さすがに七月も半ばになりゃ夏も盛りで、日差しはカーッとする。



毎年広島じゃぁ夏になると、広島はヒロシマになる。

八月六日が近うなると、平和公園はことさらに手入れ、清掃される。

そして世界のヒロシマに恥じぬ?式典が、盛大に厳かにしめやかに行われる。



平和の鐘が鳴り、八時十五分のサイレンと共に、いっせいに黙祷を捧げる。



あの時わたしは小学六年じゃった。


あの頃のこたぁ、はぁ六十年余になっても、忘れられん。
いっそ忘れたいが、あの記憶は、体に張り付いたケロイドと共に、うすれるこたぁない。


平和記念館の展示物のなかに、被爆直後の姿を再現した人形が、余りにリアルすぎて、気味が悪りぃとの理由で、撤去の噂を聞いたことがあった。


わたしゃ大いに腹がたった。


どがいにきびが悪かろうと、被爆者のほんとの姿と苦しみは、とてもじゃないが、表現できるもんじゃぁない。

せめて平和学習に、記念館を訪れるんなら、人形ぐらいしっかり見据えて、戦争がどがいに悲惨なものか、核兵器の使用がいかに悪魔的なものか、しっかりと心に留めて欲しいもんじゃと思うた。



六十年余前のこの頃、わたしらは小国民と呼ばれて、「欲しがりません、勝つまでは!」と誓わされて、いつも腹ペコで日夜頑張った。

勉強そっちのけで、増産増産の掛け声に追いまくられて、開墾地に通い、運動場まで掘り返してさつまいもを植えた。


歌まであって、つけっぱなしのラジオから、よう流れてきよった。

♪♪
すすめぇ~しょうこ~く~み~んはつらつと~げんき~よ~く~


はぁこの頃になると、誰も表だっては口にはせなんだが、(できんかった)敗戦の不安を感じとった。

それでも表向きは、から元気でおらんと、軍服着た在郷軍人のオッチャンらに、非国民じゃとどやされる。

学校じゃ、校長先生が立派な軍服にサーベルさげて、鼻下にチョビ髭じゃった。

朝から暑かった。
狭うなった校庭で朝礼がありよった。

朝礼台に上がられたサーベルの校長先生は、後ろ手を組んで、わたしら生徒を見回して、

「小国民のみなさんっ!・・・」と声を張り上げられた。

黒革の長靴はピカピカじゃった。

わたしらは履物もろくに無かったので、大半は裸足じゃった。
あったら藁ぞうりで、すぐに破れた。

夏休みも返上で、軍馬の餌じゃと云われて炎天下で草刈をし、干草にして学校に持参した。夜は、軍に献納するんじゃと云われて、こっくり、こっくり眠気と喧嘩しいしい、藁縄をなわにゃぁならなんだ。


ほどなく原爆投下で、ひろしまは一面焼け野原、その周辺の片田舎も日常生活はグチャグチャで、互いに親族や、友人の安否を尋ねて、日々が過ぎていった。

生母も伯父もいとこもはとこも、あんにもこんにもいっぱい死んだ。



学校じゃ両親を亡くした疎開者の級友が、あちこちでシクシク泣きよった。



それから間も無く八月十五日、飛行雲を引いてやってくるB29が、その日は来なんだ。

「アメリカにも盆休みがあるんかのう」


盆じゃぁけぇ田畑の仕事から解放されたわたしら子供は、何にもしらんで、横穴の防空壕で遊び呆けとった。


盆が過ぎると急速に日が短うなる。さやさやと風の渡るたんぼの稲が穂を孕み、赤とんぼがスイスイと飛んで、いつの間にか夏は去んだ。


この地球が支えきれん程の、重い重い悲しみを残して・・・。
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ブログ | 17:41:38 | Trackback(0) | Comments(4)
コメント
あの衝撃...
年齢的に、記憶がないはずなのに...
昔の大人は、子供にいろいろな話をしましたね。周囲に戦争を引きずっている人はいっぱいいましたし...疑似体験をしています。この街が焼け野原になる一日のストーリーを今でもいえます。
ある日、学校で引率されて「原爆展」を観にいきました。そこには被災直後の地獄絵が展示されていました。強烈な衝撃を受けました。この国の大人は、もっともっとヒロシマ、ナガサキを語らねばいけません。
2006-07-11 火 09:38:10 | URL | ごんべ [編集]
同じ思いを・・・
おはようございます。
いつも行きたいと言いつつ、ヒロシマへは未だ行ったことがありません。
昨年、長崎の平和記念館へ入り、眼を覆いたくなりつつも、緊張で孫とつないだ手に汗をかきながら見ました。

今年もCOOPで〝平和の集い〟を企画しています。
当時10歳位だった方に3月10日の「大空襲」墨田川での惨状を聞かされます。
苦しくて、じっと聞いていられなくなります。
貴重なお話をありがとうございました。

※リンクして下さっていたエキサイトブログ閉鎖しました。削除お願いします。
元あったHPを復活させました。気まぐれなのです(*^-^)。
2006-07-11 火 10:04:17 | URL | のほほん [編集]
ごんべっささま、コメントありがとうございます。

面白い話じゃありませんが、下手でも書かにゃおれません。

これからもそうなるでせう。読んで下さってありがとうございます。
2006-07-11 火 19:41:56 | URL | やまんば [編集]
のほほんさま、コメントありがとうございます。

ヒロシマの夏は暑いです。まぁ夏はどっこも暑いですよね。
でも一度はお出でくださいね。
2006-07-11 火 21:23:58 | URL | やまんば [編集]
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